伝わる想い 第四十五話「彼の性分、彼女の疑心」
Written by kio
とりあえず、天野さん──表札に書いてあったので勝手にそう呼ばせてもらっている──の家の一室に少女を寝かせることができた。
室内は暖かくして、適度な湿度を保たせておく。
時折苦しそうに少女は声を上げるが、何とか眠りにはついているようだった。
不安要素は熱が上がりすぎている点だったが、今のところこれ以上の処置を施すこともできず、様子見するしかなかった。
「──それで、私はお茶でも出せば良いのですか? それとも労いの言葉を掛ければ良いのですか?」
冷たい声で天野さんが久方ぶりに言葉を投げかけてくる。
先ほどまで、互いに少女に掛かりっきりで、出会った時以来まともな会話をした記憶がなかった。
「どちらも遠慮しておくよ」
彼女の言葉には明らかに、『あなたに居られる迷惑だ』という意味が込められていたが、とりあえず気づかない振りをしておく。
ここで帰されては、この少女の様態が気になってまともに寝れない日々が続きそうだ。
せめて、安心できる状態になるまでは少女の様子を見ておきたかった。
「そうですか。では、もうあなたの用は済んだと言うのに、いつまでうちに居るつもりですか? 正直、迷惑なのですが」
遠まわしに言っても効かないと判断したのか、いきなりで直球で言われてしまう。
いくら俺が少女のことを心配に思っているからと言って、ここは目の前に居る彼女の家である。
その住人に出て行けと言われたなら逆らうわけにはいかない。
所詮、少女の様態を見ておきたいと言う願望は、俺の我侭に過ぎないのだ。
……それに、俺とこの少女はあくまでも赤の他人なのだ。
冷たいようだが、知人ですらない俺の役目はここに少女を運んできたことで終わってしまっているのかもしれない。
後は、目の前の後輩に任せるのが自然な流れだろう。
──そう自分に言い聞かせる。
「……分かったよ。でも、その前に一つ聞いても良いかな?」
「……どうぞ」
それで帰ってくれるならと言った様子で、天野さんは渋々と了解してくれる。
「ええとさ、こんなことを聞くのは失礼だとは思うんだけど……」
俺は目の前の天野さんと出会ってから、ずっと疑問に感じていたことがあった。
それは些細な違和感だったのかもしれない。
いや、綻びと言えば良いのか、とにかく、俺は気付いてしまったんだ。
その自然すぎる光景の中で、一つの綻びが存在していることに。
「君とあの子の関係、それを聞かせてもらいたい」
一瞬、天野さんの表情が驚きと微かな怯えに彩られる。
それはほんの一瞬で、彼女はきわめて冷静に無表情へと戻ってしまうが、──決定的だった。
出会ってから今まで、天野さんは少女との関係を一度たりとも口にはしなかった。
確かに言葉にせずとも、彼女の様子から少女とは知人であることが感じ取れる。
それ故に、本来だったら姉妹、友人、親戚と明白な答えの返ってくるだろうこの質問に意味なんかない。
少女を病院に連れて行かず、彼女の言葉に従ったのもそこに理由がある。
さらに、彼女の行動、言動からも親族、友人を気遣うような様子が見て取れるのだから、本当に愚問中の愚問と言っても良いだろう。
ただし、そこに綻びがなければの話である。
例えば彼女が少女に向ける感情表現。
近しい親族に掛けるような情の深さの所々に、何か……そう異質、嫌悪するものに覚えるような冷淡で冷酷な感情が潜んでいるように思えてならないのだ。
それは本当に微かな綻びだったが、疑問を抱いてしまうには決定的だった。
「……知り合いのようなものです」
『ようなもの』か。
「姉妹、親戚とは違うのかい?」
「……どうしてそんなことを聞くんですか?」
「責任かな。一応、俺が彼女を見つけて、病院まで運ぼうとしたんだから、後のことを任せる相手のことは少しなりとも知っておこうと思ってね」
「……他者を信じられない。結構なことです。それが人間の本性ですからね」
「おいおい。信用していないわけじゃないって」
突拍子のない発言に俺は多少の戸惑いを覚えた。
でも、自分が責任を持って見届けようと思った少女の世話を、それを任せる相手を信じていないわけがなかったので、即座に返答は出来ていた。
信用できない人間なら、一目見れば判断できるからな。
「会って間もない人を信用できる人は余程心が広いか、ただの馬鹿しかいません」
「じゃ、俺はただの馬鹿なのかもな」
ははっ、と笑う。
「……皮肉が通用しないんですね。いずれにしろ、あなたは私を信用などしていません」
「俺が君と彼女との関係を尋ねたからかい?」
「そうですね。信用していればそんなことは不要ですから」
「それは盲目って言う奴だよ。信用がおける人にだって、尋ねておかなければならないことだってある。例えば、さっきの俺の質問のようにね」
どうも話題が本題から逸れているような気もするが、今は話の流れに任せておくべきだろう。
「……理解できませんね」
「それでも良いよ。で、質問の答えは?」
「……赤の他人です」
その答えは予想していた。
だけど、俺は直感的にその答えは正しくないと判断する。
「でも、完全にそうとも言えない、そうだろう?」
一瞬、彼女が驚いたような表情を浮かべる。
「……なるほど、あなたがあの子の大切な人なのですね」
「へ?」
流石に何を言っているのか理解できないのですが。
あの子の大切な人?
大切な人も何も、俺とあの少女はさっき出会ったばかりだって。
「と言うことは今までのものは演技だったと言うことですね。まったく、他人は信用なりませんね、本当に」
「あの?」
やっぱり、言っていることが理解できないんだが。
「あなたの考えている通り、私はあの子の同類と過去に面識があった者です。それ故に忠告します。もうこれ以上あの子と一緒に居てはいけません。ただ、あなたが苦しむだけです。……どうしたんですか、そんな呆けた顔をして」
「いや、正直何を言っているのか、さっぱり分からないんだが……」
無駄に脂汗を流しながら、彼女を見る。
暫し無言の天野さん。
「……では、聞かなかったことにしてください」
「いや、そういうわけにもいかないだろう?」
確か、彼女はさっき『一緒に居ると苦しむ』とか何とか言っていたように思う。
それは、どう考えても穏やかな話とは思えない。
「どうして、あなたはそう首を突っ込みたがるんですか?」
心底呆れたような口調で彼女がぼそりと呟く。
「性分なんだろうな。まぁ、それは置いておいて、同類とか一緒に居てはいけないとか、どういうことなんだい?」
はぁ、と天野さんがため息をもらす。
「では、それを話せばあなたはこれ以上、あの子に関わりを持ちませんか? 私に全てを一任できますか?」
「そうだな……」
俺が赤の他人であることを今更なながらに思い出す。
どうにも、いらないことに口をはさみ過ぎるのが俺の悪い癖だ。
ならば、答えは決まっているのだろう。
「君にあの子を任せることは最善かい?」
「私が知る中ではそうですね」
おそらくこれは興味本位。
『少女が倒れていたことに、何らかの理由がある』それを仄めかすようなことを彼女は言った。
それを俺はどうしても知りたかった。
野次馬根性と言えばそうなのだろう。
でも、あの少女のことを心配しているという気持ちも事実。
それに、ここまで話を聞いてしまったんだ、今更引き下がるわけにもいかないだろう。
首を突っ込んで良い事柄と悪い事柄をいつも判別している俺としては、これは明らかに後者で主義には反するわけなのだが、目の前の後輩の姿がどうにも引っかかってしまう。
彼女、天野さんは今にも砕け散ってしまいそうな危な気な部分を持っている。
それが気がかりで俺は──
「分かった。これ以上は関わらない」
「……分かりました。お話しましょう」
果たして彼女がそう言ったのは、俺に首を突っ込んで欲しくなかったからなのか。
それとも──他人を信じられないと言った彼女が見せた信頼なのか。
彼女の話を簡単にまとめるとこうだ。
あの少女は人ではなくこの町のものみの丘に生息する狐なのだそうだ。
狐が人に化けると言う昔話は俺も聞いたことがあるが、それがすぐ近くに存在しているとは……。
それでその狐は人に化ける時に今までの記憶を失うと言うリスクを背負うらしい。
そこまでして、狐が人に化ける理由と言うのが彼女によると人の情のせいであると言う。
狐は記憶は失うが無意識の領域、記憶とは少し違う部分にその情を交わした人との記録が残っているらしく、人の姿でその人との再会も不可能ではないらしい。
しかし、再会を果たしても狐は記憶リスク以外にも、もう一つリスクを背負っているため再会できて良かったね、では済まない。
そのリスクとは死。
人と狐の寿命は当たり前だが違う。
動物と言うのはその身体が大きければ大きいほど寿命は長く、小さいほど短いと言うのが一般的である。
人と比べれば明らかに短い狐の寿命。
さらにそれに加えて人に化けるという無理。
寿命はもって数ヶ月だと言う。
そして、その兆候と言うのが二度の発熱。
彼女によれば、あの少女の発熱は一度目であるらしいから、今はまだ安心しても良いのだそうだ。
しかし──二度目はない。
「なるほど……」
「……あなたは私の話が嘘だと思わないんですか?」
「いや、信じがたい話ではあったけど、本当のことなんだろ? 君の表情とか様子でそれは感じ取れたよ」
それに嘘にしては出来すぎているし、説明を始める前に彼女があの少女のことを人以外のものとして捉えている節もあった。
だから、俺は天野さんの話を真実として受け止めている。
まぁ、こんな風に素直に受け止められるのは皮肉にも川澄先輩の前例があったからなのかもしれない。
「……奇特な人です。とりあえず話は以上です。では約束通りこれ以上関わらないでください」
「悪いが……」
もしかしたら、彼女が久方ぶりに『信用』したのかもしれない約束を俺は破ろうとしている。
「状況が変わった」
「な、何を言っているんです!」
微かに浮かんだ激怒の表情。
なんだ、結構感情が豊富じゃないか。
場違いにもそんなことを考えてしまう。
「確かに、俺は当事者でないからこれ以上関わらないようにしようと思っていた。実際、話の途中までは大人しく去ろうと思っていたんだ。でもな、心当たりがあるんだよ、俺は」
少女、記憶喪失、覚えている記録──断片的な言葉が一人の人物に集約していく。
「あの子のその大切な人に、な」
相沢祐一。
前にあいつが雑談程度に記憶喪失の少女を拾ったと言っていた。
毎日いたずらをされて、困っているよ、と言いながらも幸せそうに笑っていた。
絶対に相沢の奴はその少女のことを大切に思っているはずだ。
それなら俺がすべきことは──
「……なら、その人にはあの子のことを伝えないでください」
「どうして?」
「私の話を聞いていましたか? その人は不幸になるんですよ」
「君のようにかい?」
「──っ!?」
驚きに塗れた素の表情。
無感情と言う仮面がはがれ、そんな人間らしい表情を彼女は見せた。
「余程鈍感な奴じゃない限り、さっきの話が君の実体験に基づいていることぐらい分かるさ」
説明の時、彼女の言葉からは悲しみがにじんでいた。
「君には同情する。だけど、君は君、あいつはあいつなんだ」
「……知ったようなことを。あなたは部外者、これ以上関わらないということで良いではないですかっ!!」
「それは否定しないよ。だけど、俺がしようとしていることも君がしようとしていることも、結局は同じことだろ?」
「どこがです!?」
睨み付けられる。
「君が不幸になるからと言って、あの子の大切な人に事実を伝えないと言うことと、俺があいつのためだと事実を伝えること、どっちも俺たちの主観であると言う点では何も変わらない。そうだろ?」
だから、全ての判断はあいつに任せるしかない。
「……あなたは私が何を言ってもきっと理解してはくれない。あの子の話をしてしまった以上、あなたはこれからも私たちに関わってきてしまう。……そうなのですね?」
疲れたような、諦めたような声で俺に語りかけてくる。
「たぶんな」
「では、いくつか言わせてください。まず第一にあなたの言うあいつと言う方があの子の大切な人であると断定されてはいないこと。第二にその方があの子を受け入れてくれるかは不明な点。第三にやはりあなたは部外者であること。第四に私と言う存在が不定である点。これらの点に疑問、いえ解決すべきことがあると思われますが」
やはり本来の彼女は冷酷なまでに冷静なのだろう、的確に疑問点をぶつけてくる。
どちらかと言えば、先ほどまでの彼女の姿の方がイレギュラーだったのだろう。
「一つ目はもう解決したよ」
「?」
「さっきからこの子がうわ言のようにゆういち、ゆういちって言っていただろう?」
あまりにも小声で初めは気づかなかったが、こうして考えてみると確かにこの少女は祐一と呟いていた。
「確かに、言われてみれば……」
彼女もその声を聞いていたはず。
だから、その声が何を言っていたのか気付くことができたのだろう。
「俺が言っていたあいつって言うのは相沢、相沢祐一っていうんだ」
「あいざわ……! まさか……」
一瞬、顔色が変わる。
「どうかしたのかい?」
「いえ、どうぞ続きを」
腑に落ちなかったが、とりあえず先を続ける。
「ああ、それで多分、相沢で確定で良いと思うんだ。まぁ、さり気なくあいつに確認はしてみるけどな。次に二つ目、あいつは受け入れてくれる。これは確実だ。でも、今は少し負担が大きすぎるかもしれないな……」
川澄先輩に栞ちゃん、それに倉田先輩の入院のこともある。
美坂は……あの様子なら大丈夫だろうな。
精神的にかなりの負担になるかもしれないが、でも知らないと絶対にあいつは後悔する。
思い込みに近い考えだが、あいつは絶対にそういう奴だ。
友達になってそんなに時間は経っていないが、俺はあいつを信頼しているし、何よりもあの水瀬が惚れた奴なんだぞ。
それにいざとなったら、同じ家に住んでいるその水瀬と彼女お袋さんにどうにかしてもらえば良い。
もちろん、俺だってできる限りのことはするつもりだ。
「それで三つ目。まぁ、これについては勘弁してくれ。ここまで知ってしまったんだしな。四つ目は……よく分からないんだけど?」
天野さんが不定って言われてもな。
「私の家にこの子が居る以上、私が断固たる態度を取ればあなたにはどうすることもできないと言うことです」
なるほど、今までの意見はあくまで俺の立場で彼女の立場ではないからな。
それと、この話は少女をここに置いている時に関するものらしい。
「つまり、君の心情を察しろと言うことかい?」
「近いところです」
「うーん、断固たる態度って言っても、この子は狐なわけだろ? と言うことは戸籍なんてないだろうし、公的な手段では無理として、ええと、君の親御さんか」
少女を今置いているこの家の家主に、断固とした態度を取られてしまうと、色々と干渉することができなくなってしまう……のか?
「いえ、両親は共働きで帰ってくるのも遅いですから、問題として考える必要はありません」
「なら、問題ないだろう?」
「……仮にあなたが今日以外にも私の家に来るとしたら、それは困ります」
ん? これからもここに来ても良いということなのだろうか?
「ちなみに今のあくまで仮定であることを忘れないでください。それにここにあの子が居る以上あなたが心配して見舞いに来るのではないかと言う仮定でもあります」
どうも彼女は俺がどういう人間であるのかが分かってきたようだった。
「それじゃ、俺の家で預かろうか?」
「それでは意味がありません。それにそういう意味では……」
確かに天野さんがこの子──ものみの丘の狐、に抱えている感情は複雑だから俺の家に置かせてやろうとはしないだろう。
でも、そういう意味ではないとはどういうことなのだろうか?
「ごめん、本当に分からない」
「……分かりました。では、私の家に来る際は私服に着替えてから来てください」
あぁ、なるほど妙な噂になると困るってやつか。
ここら辺はあまり学生の姿を見ないとは言え、全く居ないというわけではないからな。
あれ? つまりここに来ても良いってことなのか?
それを聞くと彼女は何も答えなかった。
それを無言の了承と判断して、俺は話を戻す。
「分かった。で、これで全部解決で良いのかな?」
「いえ、最後にもう一つ。その相沢さんと言う方のことを本当に考えているのならこの子のことを教えないでください。彼はもしかしたら、この子が居なくなってせいせいしているのかもしれませんから」
「俺が知っている相沢は──」
「所詮、人が他人に見せている姿はほんの一部分です。ですから、あなたが言おうとしている言葉に意味はありません。それとも何ですか? そこまでその人のことを知り尽くしているとでも言うのですか?」
そう言われてしまえば、返す言葉はない。
あくまでも相沢との付き合いは一月ほどで、あいつが転校生であると言うことは紛れもない事実である。
妄信のように相沢を信じている俺が異常と言えば異常なのだろうが、俺とあいつは似過ぎているからな。
まぁ、それも思い込みと言われれば否定はできないが。
「分かった。頭には入れておくよ。ただ、判断は俺がする。それが妥協点だが、良いかい?」
「ええ。……それであなたはこれからどうしますか?」
「──っとその前に、今更だが俺は北川潤。まぁ、何とでも呼んでくれ。どうもあなたっていうのが、言われなれていないと言うか何と言うか」
「……では北川さんで」
「ああ、良いぜ。で、君の名前は? あ、君って言うのも実は俺の主義じゃないんだが、便宜上仕方がなくな」
「……天野美汐です」
「じゃっ、みっしーだな」
「!!」
いや、そんな目を見開いて驚かれても困るんだがな。
「冗談だよ。美汐ちゃんって呼ばせてもらうよ」
「……それも冗談ですか?」
「へ? いや、俺って、後輩の女の子はちゃん付けだから」
「……まぁ、いいです」
納得はしていないようだったが、言っても無駄だと思ったのかそう美汐ちゃんは言った。
「それじゃ、俺はそろそろ帰るよ。本当はこの子が目を覚ますまで居たいところなんだが、色々まずいだろ?」
「そうですね」
「それでさ、明日も来ても良いんだろ? 美汐ちゃんの家に」
「そんなことは言っていませんが」
「でも、良いんだろ」
「……強引ですね」
「それが取り柄なんだ」
「嫌な長所ですね」
「まぁ、信用できないのは分かるんだが……」
「いえ、少しは信用しました」
「えっ、本当?」
「ええ、呆れるぐらいのお人好しだと分かりましたから」
「……それって、暗に俺が馬鹿だと言ってない?」
「そういうニュアンスでもあります。でも、あな……北川さんは馬鹿の皮を被っているように見せているだけでしょうね。まぁ、本当の馬鹿でもあるようですが」
「馬鹿馬鹿言われると傷つくな」
「私と同学の生徒があなたのことをどんな風に言っているのかご存知ですか?」
「うわ、興味がある」
そういう話はどうにも流れてこないんだよな。
「馬鹿っぽいけど結構格好良い先輩だそうです。主に女子からの意見ですけど」
「そこでも、馬鹿なのか俺は……」
しかも女子かよ。
本気で落ち込む。
これでも、格好好くてインテリなイメージだったんだがな。
「……さっきの言葉は取り消します」
「えっ、馬鹿のとこ?」
「いえ、馬鹿の皮を被っているところです」
「それじゃ、馬鹿しか残らないような……」
「天然であることが分かりましたから。でも、その本質は一般的なイメージの対極でもある。そういうことらしいですね」
「褒められているんだが貶されているんだか、判断に困るところだな。まぁ、他の奴にどう見られているか分かって勉強になったよ。それで、本題に戻るけど明日も来てもいいんだよな」
「……本当は非常に嫌なのですが、学校で話しかけられるのも困りますし妥協します」
「ええと、相沢の奴も連れて来ても、と言うかあいつの方が重要なんだが、良いかな?」
「……ええ、相沢さんがあの子を受け入れる覚悟があるならば」
「ありがとう。まぁ、俺は相沢の件が終わったら、もう関わらないから今だけ勘弁してくれ」
「ええ、そうしてください」
「それじゃ、また明日」
「……はい」
何となくだが、美汐ちゃんの表情が先ほどよりもずっと柔らかくなっているように見えた。
最後に寝息をたてている少女の額に手をやる。
熱い。
熱はまだまだ下がる気配がなかった。
「次来る時は相沢を連れてくるからな」
この時はまだ、それが果たすことのできない約束だったことを知る由もなかった。