「──祐一、ごはんだって」

秋子さんに祐一を呼んでくるように頼まれた。
だから、あたしは祐一に話しかけている。

「……ああ、今行くよ」

祐一の声があまりにも弱々しくて、思わず聞き逃してしまいそうだった。
祐一の元気が無いのはいつものことだけど、今日は一段とひどい。
何かあったのかな?
祐一に元気がないと、よく分からないけど私も元気がなくなる。

「ゆ、祐一」

あたしは祐一の名前を呼んでいた。

「え、ええと……」

言葉が思いつかない。
そもそもあたしは何を言おうとしていたのだろうか?

「どうした? 真琴?」

やっぱり祐一の声は弱々しい。

「な、なんでもないっ!」

あたしはばたばたと一階に下りて行く。
祐一が何か言っていたような気はしたけど、あたしは無視した。

胸が痛んだ。










ねぇ、祐一?


元気出してよ……。


















伝わる想い 第四十話「居場所」

Written by kio









あたしは祐一を初めて見た時、心底祐一のことが憎いと思った。
よく分からないけど、憎かったから祐一に飛び掛っていった。
……失敗したけど。
祐一があたしのことを殺村凶子と呼んだときも、憎かった。
あたしにはもっと素敵な名前があるんだから。
でも、すぐには思い出せなかった。
でもでも、今は思い出せているから別にいい。
あたしは沢渡真琴。
立派な名前でしょう?
祐一、真琴の名前が立派過ぎて悔しいでしょう?
でも、なんだかしっくりこない。
真琴は真琴のはずなのに、まるで他の人の名前のように感じることがある。
でも、よく分からないから気にしないことにしている。
祐一の元気が無くなったのは、出会ってからそれほど時間の経っていない日のことだった。
見た目はいつもの祐一だったのに、元気がないように見えた。
とても痛そうな表情をしているように見えた。
どこか怪我をしたんじゃないかなって思った。
あたしは声をかけようかと思ったけど、今の祐一に話しかけてはいけないような気がした。
その日から祐一はずっと元気が無い。
たまに元気を取り戻すけど、すぐに元に戻ってしまう。
あたしはいたずらを止めた。
最初の頃は祐一の部屋に忍び込んで、色々なふくしゅうをしようとしていた。
真琴のふくしゅうを祐一はいたずらだと言っていたから、これはいたずらだったのだろう。
何回か祐一にいたずらをしたけど、一回も成功しなかった。
悔しかった。
けど、それほど悔しくもなかった。
あの日、またいたずらしてやろうと祐一の部屋を訪れた。
でも、祐一が泣いていた。
本当に泣いていたわけじゃないけど、祐一は泣いていた。
あたしは胸が苦しくなった。
病気かもしれないと思った。
あたしも泣きたくなった。
どうしてなんだろう?
気が付くと、あたしはこれ以上祐一の近くに寄ることが出来なくなっていた。
祐一とはいつもごはんを一緒に食べる。
一緒にテレビだって見る。
でも、あたしは祐一から距離をとっていた。
……前に読んだ少女漫画でそんな言葉を使っていた。
それから、祐一は夜遅くにどこかへ出かけるようになった。
よく分からないけど、気になった。
こっそりついて行こうかなって思ったけど止めた。
そんな日が続いた。
あたしは苦しかった。
秋子さんにそれを話すと、秋子さんはあたしにやさしくしてくれた。
名雪ともあたしは距離をとっていたので、話相手はいつも秋子さんだった。
秋子さんはいろんなことを教えてくれた。
祐一が子供の時のこと。
祐一の好きな食べ物。
祐一が秋子さんの家に居候していること。
あたしと同じだ。
祐一が使っているシャンプー。
祐一が得意なこと。
祐一が苦手なこと。
祐一の性格。
覚えているのは何故か祐一のことばかりだった。
祐一の話を聞くと、いつも祐一のことを思い出して憎くなる。
でも、落ち着いた。
胸が少しだけ痛くなくなった。
どうしてだろう?
どうして、いつも祐一のことばかり考えているのだろう?
秋子さんには相談出来なかった。
祐一の辛そうな顔を見ているのは嫌だった。
本当はいい気味だと思うはずだったのに、そんな気持ちにはならなかった。
祐一には憎らしいけど笑っていてほしい。
祐一は憎いけど、真琴をからかっても許してあげる。


だから、祐一、元気を出して。















「祐一」

あたしは久しぶりに祐一の部屋を訪れていた。
何故か祐一がどこかに行っちゃいそうで怖かった。

「……どうした?」

元気が無い。

「げ、元気出しなさいよっ」

その言葉を言うのに勇気がいっぱい必要だった。
祐一は憎いけど、元気になってほしかった。
胸がどきどきする。

祐一が驚いた表情をして、ほんの少しだけ笑った。
嬉しかった。

「ごめんな、真琴。心配をかけてしまったようだな」

祐一の笑顔が少し弱々しい。
でも、笑顔は嬉しい。

「べ、べつに心配なんてしていないわよぅ」

よく分からないけど、嘘をついた。
本当はすごく心配していた。

「……大丈夫だ。俺は元気だよ。……そう、もう大丈夫のはずなんだ」

祐一は自分に言い聞かせるように呟いていた。



──僕は大丈夫だよ。うん、大丈夫だよ。



あれ?
何だろう?
そんな祐一を見ていると、あたしは何かに気付いたような気がした。
懐かしい。
ずっと昔にあたしは祐一のそんな姿を見たことがあるような気がする。
そして、分かってしまった。
何となくだけど、分かってしまった。

「ねぇ、祐一……」

少しだけ祐一のように弱々しい声になってしまった。
……あたしは何を言おうとしているのかな?
祐一が相槌を返してくれる。

「真琴はね」

あれ?
変だな勝手にあたししゃべってるよ。

「思い出したんだ」

何を思い出したんだろう?
もうっ、勝手にしゃべらないでよ、あたし。

祐一が何を思い出したのかと聞いてくる。

「真琴は帰る場所を思い出したの」

えっ?
そうなの?
あたしは思い出してなんかいないよ。

「だからね、真琴は帰るね。真琴の家に」

……そうだったんだ……。
気付いた。
気付いちゃった。
あたしがここに居れば、祐一は悲しい思いをしてしまう。
なんとなくだけど、それが分かった。
だから、あたしの口は勝手に言葉を話している。

祐一は長い間黙っていたけど、ようやく口を開いてくれた。
そうか……、って言っていた。
少しだけ苦しそうな声だった。

「祐一、バイバイ」

あたしはすぐに祐一の部屋を出て行こうとした。
だって、涙が出てきたから。
泣き顔なんて祐一に見られてたくない。

祐一がやっぱり苦しそうな声であたしに話しかけてくる。

「真琴。お前はそれで幸せなのか?」

あたしは迷わなかった。

「──うん。幸せ」

どうしてなのか分からないけど、それは本当のことで、でも嘘だった。

祐一はまた、そうか、って言った。
少しだけ安心した声だった。















次の日、あたしは秋子さんと名雪、それに祐一に見送られて家を出た。

秋子さんと名雪はあたしのことを止めようとしてくれたけど、あたしはお礼を言って、二人から離れた。

祐一はあたしに『ありがとう』と言って、あたしの頭をやさしく撫でてくれた。

何故か涙が出た。










──これが沢渡真琴としての最後の記憶だった。





















第41話へ