「よう、舞」


軽く右手を上げ、いつものように舞にあいさつをする。


「祐一…」


舞はいつもの無表情ではあるが、何かを言いたそうにしているように見える。


「ん、どうした?」

「私の復学が決まった」


あの生徒会長はなかなか行動が素早いらしい。


「おう、良かったな」


俺は満面の笑みで彼女に答えてやった。


「どうして?」


舞は嬉しさよりも疑問の方が大きいようだった。


「うむうむ、お前の良さがやっと学校のお偉いさん方に伝わったんだよ」

「……祐一が何かをしたの?」


そう言えば、昨日舞との別れ際でそのようなことを言ったような気がする。


「いや、俺は大したことはしてないよ」


そう俺と佐祐理さんのしたことはほんの些細なこと。

そんなことよりも俺は舞の復学が嬉しかった。


「祐一は私を復学させてくれると約束した」


約束。

それは小さな約束だったが、どうやら守れたらしい。


「…ああ、約束は果たすものだからな」









































伝わる想い 第二十六話「放課後のふたり」

Written by kio









舞の復学が決まったその日から、俺と舞と佐祐理さんは今まで以上に一緒に時を過ごすようになっていた。


朝、3人で待ち合わせをして学校へと向かい、

昼、佐祐理さんの特製重箱弁当を3人で和気藹々と食べて、

放課後、百花屋でお茶をしたり、商店街をウインドウショッピングしたり、

休日、3人で動物園に行ったりした。

本当に幸せだった。3人はいつも笑顔でいられた。


舞の復学の条件だった生徒会入会も、俺たち日常にさほど変化は与えなかった。

ただ、少しだけ学校で仕事が増えただけで、俺たちの時間を奪う程のものではなかった。

ちなみに生徒会に入会していることは舞には内緒にしている。舞のことだからそんな些細なことでも負い目を感じてしまうだろう。俺と佐祐理さんとの暗黙の了解だった。


──そして、その間魔物と出会うことはなかった。




















いつもの昼休み、俺たちは佐祐理さんの弁当に舌鼓を打っていた。


「あの、祐一さん」


何故か佐祐理さんが俺のすぐ傍まで接近してきて、ひそひそと話し掛けてくる。

正直、そんな佐祐理さんにドキリとしたのは秘密だ。何しろ、舞が冷たい目で俺を見ていたからな。見ず知らずの人が見たら、彼女の表情に変化はないと言うかもしれない。だが、付き合いの長い俺には怒りの表情に映った。


「そ、その佐祐理さん、何でしょうか?」


俺は少し言葉を詰まらせながら、彼女に尋ねる。

何故か佐祐理さんは真剣な表情であった。いつも朗らかな笑顔を浮かべている彼女にしては珍しい表情だと思う。


「祐一さん、今日の放課後付き合ってくれませんか?」


ぴくり


絶対に今、舞の眉が動いたと思う。


「その、ど、どういう要件で」


俺は少し弱腰だ。


「大事な、…大事な話があるんです」


うわぁ! ピタリと舞の箸が静止したよ。


「佐祐理、私も付き合っていい?」


そのような質問をする舞を始めて見た気がする。ついでに彼女の表情は少し憮然としている。

それを聞いた佐祐理さんは、


「え、あ…ま、まい、え、ええと、だめ、絶対駄目だよ!」


絵にでも描いた様に物凄く慌てていた。しかも最後の『駄目だよ』という言葉に妙に力が入っているような気がした。


「………」


舞は何事も無かったかのように箸を動かし始める。


ぱくぱくぱくぱく


「あ、あの舞さん?」


舞は反応しない。ただ、箸と口を動かすだけである。


「あの〜、佐祐理さん?」


俺は隣いる佐祐理さんに含みを込めた視線を向ける。


「あははは〜」


さすがの佐祐理さんも、この気まずさに乾いた笑いを浮かべていた。




















放課後、俺と佐祐理さんはいつも昼食を摂っている階段の踊り場にいた。


「佐祐理さん、それで大事な話って?」


ちなみに舞はいつの間にか帰宅してしまっていたらしい。彼女は酷くご立腹のようだ。だから、どちらかと言うと我が心ここにあらずと言った状態だった。


「実はですね、明日は舞の誕生日なんですよ」

「…そうなんですか?」


6年前からの付き合いだったが、よくよく考えるとお互いの誕生日は2人とも知らなかった。


「そうなんですよ。…それで、今から舞の誕生日プレゼントを買いに行くのに付き合ってくれませんか?」


全てに合点がいった。佐祐理さんの不自然なまでの狼狽ぶりと舞を避けるような言動、それは全て明日のためのものだったのか。

だから、俺の答えは一つだった。


「もちろん、お付き合いします」




















「祐一さん、これなんていかがでしょうか?」


佐祐理さんは白い陶器のコップを大事に抱えて俺に見せる。


「うさぎのマグカップですか。……悪くないかもしれませんね」


先日の休日に3人で動物園に行ったときの知識から、俺と佐祐理さんは動物関係のプレゼントを物色していた。ちなみにそのときの舞のはしゃぎようを思い出すと俺や佐祐理さんは思わず頬がゆるくなる。……今、気付いたが俺と佐祐理さんの舞に対するスタンスは恋人や親友意外にも、保護者という面を持っているのかも知れない。舞に聞かれると起こられるかな?


「あ、このたぬきのクッションも良いですね」


俺は目の前のふんわりとしたクッションを指差す。


「あ、可愛いです」


佐祐理さんの意見も上々だった。


その後も、

「ぶたさんも良いですね」

「アヒルもなかなか」

「きりんの栓抜きですか?」

「あはは〜、舞はまだ未成年ですよ」

「ペンギンスリッパ、可愛いです」

「何となくだらけているペンギンですね」


と様々な品を見ていった。


そして、店の奥まで言ったところで佐祐理さんの足がぴたりと止まる。


「佐祐理さん、何か良いものがありましたか?」


佐祐理さんの視線の先を見ると、そこには巨大なぬいぐるみがあった。

高さは約1.5メートル、造形は悪くなく、質も良さそうだった。

ただ、一つ何を言えば…


「これは何ですか?」


デカイぬいぐるみであることは分かったが、それが何をモデルとしているのかさっぱりだった。

顔と思われる部分を見ればそれなりに愛くるしく感じるかもしれないが、やはり何なのか分からない。


「ええと、オオアリクイさんだそうです。あっ、1/1サイズだそうですよ」


おいおい、原水大かよ。


「可愛いですね……うーん、これにしちゃいましょう」

「え、本気ですか?」


別に可愛さ云々が問題ではない。これは果たして誕生日に貰って嬉しいものだろうか? もうこの際、アリクイに見えないことは置いておいて、大きさが問題だと思う。正直に言って、かさばる。舞の家の大きさがどのくらいかは分からないが置き場所に困ることは必須だろう。何しろ、人一人と大して変わらない大きさなのだ。下手をするとそれ以上だし。ここは無難にマグカップとかの方が良いと思うのだが。


「舞なら絶対に喜ぶと思いますよ」


その確証がどこから出てくるかは分からないが、親友の彼女が言うのだから間違いないだろう。それに女の子同士分かり合える部分もあるのだろうし。


「分かりました、それじゃそれにしましょう」

「はい♪」


佐祐理さんは上機嫌だった。……もしかして佐祐理さんの趣味? まぁ、深くは突っ込まないでおこう。

ちなみに支払いは最初は佐祐理さんが払うと言っていたが、何とか説得をして2人で半分ずつお金を出し合うことにした。何故か早老の店主が佐祐理さんのことをえらく気に入って、半額にしてくれた。ちなみに半額にしても学生にはそれなりに負担の掛かる金額だったことは内緒だ。




















「舞、きっと驚くでしょうね」


プレゼント選びの帰り道、佐祐理さんは嬉しそうに言う。


「え、ええ、驚くと思いますよ」


実際、俺も最初それを見たとき、驚きを通り越して冷静な分析から入っていたからなぁ。と少し苦笑いをしながら答える。

それにしても、


「佐祐理さん、やっぱり重くありませんか?」

「あはは〜、私は大丈夫ですよ」


どうしても隣を歩く佐祐理さんが気になってしまう。

何しろ、あのでかさのアリクイ人形を担いで佐祐理さんは運んでいるのだ。これではアリクイと歩いているのか、佐祐理さんと歩いているのか判別がつかない。


「でも、俺が持ちますよ」


やっぱり女の子に重い物を持たせるわけにはいかない。


「大丈夫ですよ〜」


佐祐理さんはどうして意見を譲らないようだ。ちなみに彼女が自分で持ちたいと言った理由は、可愛いからの一言だった。このプレゼントが佐祐理さんの趣味であることが現実味を帯びてくる。



しばらく、アリクイin佐祐理さんと歩いているといつもの曲がり角へと差し掛かる。

朝の待ち合わせ場所、そこが俺たちの別れる場所だった。俺は名残惜しさを覚えながらも佐祐理さんに声をかける。


「それじゃ、佐祐理さん、また明日」

「はい、さようなら、祐一さん♪」


何時に無く上機嫌の佐祐理さんは足取りも軽く、自宅の方へと去っていく。



「うーん……」


俺は微妙な気持ちでアリクイの背中を見ていた。































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