今日、佐祐理さんは学校を休んだ。

昨日の出来事を考えると、本当は何としてでも彼女は休みたくはなかったに違いない。

けれど、彼女の両親がそれを許さなかったのだと思う。



俺は今、校長室の前にいる。普段は訪れることはないその部屋の前に。

ゆっくりと校長室の扉が開く。

中から舞が出てきた。

彼女の顔に感情は無い。だが、それが逆に一つの答えを記していた。


「・・・どうだった?」


結果は分かっていた。それでも俺は違う可能性を信じていたかった。


「・・・退学」


舞の口から小さく言葉が漏れる。


「・・・そうか・・・」


それ以上、言葉は出てこなかった。


「・・・祐一、今までお世話になりました」


そう言って、舞は深々と俺に頭を下げる。

舞のその姿が他人行儀に見えて悲しかった。俺はそんな舞は見たくはない。だけど、俺以上に悲しいのは彼女自身なのだろう。

だからこそ俺は、


「納得が出来ない」


舞に下された現実は認められるものではない。何故、あと少しで卒業できる生徒がこんな目にあわなければならないのか。本当だったら、佐祐理さんと笑いあいながら彼女は残りの学校生活を送れたはずなのに。


「それでも、お別れ」


「・・・・」


「それじゃ・・・」


舞は一人立ち去ろうとする。

彼女のその後姿は悲しみだけを秘めていた。希望も何もない悲しみだけを。


「・・・舞、俺が何とかしてやる。だから少しだけ我慢していろよ」


俺は舞が大事だ。彼女には幸せでいてほしい。楽しい思い出と共に卒業してほしい。彼女と一番仲の良いかけがえの無い親友と共に過ごしてほしい。

そんな風に思うのはいけないのだろうか? いや、関係ないな、なんたって俺は舞の恋人なのだから。


「・・・ありがとう、祐一」


舞は小さく言葉を紡いだ。








































伝わる想い 第二十五話「退学」

Written by kio









「・・・おはようございます、祐一さん」


朝の登校中、1日ぶりに顔をあわせた彼女は心なしか憔悴しているように見えた。おそらくは舞が退学したことを知っているのだろう。

だからこそ、俺まで気弱な姿を見せるわけにはいかない。


「おはよう、佐祐理さん」


あくまでもいつも通りの自分を振舞った。これが今出来る最善のことだと思う。それに俺には一つの思いがあった。

俺はゆっくりと佐祐理さんのペースに合わせながら学校へと向かって再び歩きだす。

俺たちの間に会話は無かった。佐祐理さんは舞がいないという事実という理由から、俺は考えをまとめるという必要性から黙っていた。

そして、俺は唐突に口を開く。


「佐祐理さん、舞を復学させるためにはどうすれば良いと思う?」


「え?」


佐祐理さんは驚いたような視線を俺に向けていた。だけど、俺はそれを無視して続ける。


「舞を復学させたいんだ。佐祐理さん、何か良い方法がないかな?」


俺は自然に笑みを見せながら意識してやさしく問い掛ける。


「・・・そうですね、そうですよ! 私たちが何とかしなくちゃいけないんですよね」


俺はこくんと頷く。

何となくそんな仕草が舞に似ているような気がして、少し俺は苦笑いした。

隣にいる佐祐理さんの瞳には意思という光が灯っていた。


「・・・あの、祐一さん舞踏会の日、私が気を失っている間の状況を詳しく教えてくれませんか?」


彼女なりに事態を把握しておきたいと考えたのだろう。たぶんそれは正しい。だから、俺は出来る限り細かくあの時の状況を説明した。


・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・


「男子生徒さんが舞に『これでもうお前はお終いだ』と言ったんですね」


「はい」


一応は俺の記憶にあることは大体話せたと思う。そして、佐祐理さんに最後に告げた男子生徒の言葉が俺にはどうも気になっていた。


「たぶん、その人は生徒会長さんですね」


佐祐理さんは確信のこめた口調で告げる。そして、それは俺が考えた可能性の一つでもあった。

その男子生徒の口ぶりから彼自身は学校でもそれなりの地位にいることは分かっていた。


「やっぱり、そうですか」


「はい・・・ところで、祐一さんはこの学校の生徒会についてどのくらい知っていますか」


少し思案する。


「・・・まったく知りませんね」


この学校に来てそれほど日が経っていないこともあってか、俺は生徒会などの話題には疎かった。


「実はですね、この学校の生徒会は非常に権力が強くて、その気になったら何でも出来るんですよ。例えば生徒一人を退学させることも簡単に」


要するに生徒会が舞を退学させたという見方も出来るということだ。その裏づけを記すかのように舞踏会当日の生徒会長の発言もある。そして、もう一つ佐祐理さんの言葉の裏にあるのは、


「・・・逆に言えば、復学させることも出来るという事ですね」


「はい、本当はあまり良いことでは無いのですが、今は手段は選んでられませんから」


佐祐理さんはいつものようにニコニコと微笑みながら答える。その無邪気さ溢れる外見と今のセリフはあまり合っていないようにも感じられたが、言葉にはしなかった。


「それじゃ、いつ動きますか?」


佐祐理さんの考えが分かったところで俺は本題に入る。


「そうですね、早いほうが良いと思います」


「それでは学校に着いたら早速と言うことで」


「分かりました。・・・でも、どうします?」


佐祐理さんの言いたいことは分かる。舞の復学に動くといっても何も計画が無い状態なのだ。ただし、彼女の中ではだが。


「確か、舞踏会にはかなりの数の生徒が参加していましたよね」


一応一つだけ確認の意味も含めて佐祐理さんに尋ねる。。


「えっ、そうですね、大体、全校生徒の3分の2ぐらいはいたと思います」


ビンゴ。


「決まりですね」


「えっ?」


佐祐理さんは事態を把握できていないようだ。俺は自然な、本当に自然な笑みと共に告げる。


「署名活動をしましょう。舞の復学はただの俺たち一生徒の意見ですが、それに同意する生徒が多大であればあるほど、生徒会としても黙っていられなくなりますから」


少しの間。


「はえ! 祐一さん、すごいですね」


お褒めの言葉ありがとう、佐祐理さん。


「ついでに署名については昨日から考えていたので・・・はい」


そう言って、俺は鞄から一枚のプリントを取り出す。


「署名用紙です」


準備万端というやつだ。


「祐一さん、佐祐理は尊敬しちゃいますよ」


佐祐理さんは目を輝かせて俺を見つめていた。・・・何か照れる。


気がつくと既に学校に着いていた。




















「よう、相沢」


教室に入ると北川が元気にあいさつをしてくれた。


「北川か・・・怪我は大丈夫か?」


昨日、北川は病院に行っていたため学校を休んでいた。一昨日、北川の元気な姿を見ていたが少し心配だった。


「おお、ばっちしよ」


白い歯を無駄に光らせて北川は言う。


「それで・・・やっぱり、川澄先輩は・・・」


少し声のトーンを下げて北川は訊ねてくる。


「ああ、昨日、校長直々に告げられたよ」


その現場に一番近いところに俺は居合わせていた。


「・・・そうか」


北川は残念そうに目を伏せる。

だが、それも一瞬のことで顔をあげて俺の瞳を見る。


「何かあったら言ってくれ、俺はいつでも力になるぜ」


「悪いな」


北川の言葉が心強かった。そして、舞のことを信じてくれている人がいることが嬉しかった。


「気にするな、友達だろ」


本当に北川はいい奴だ。


「それで、早速で悪いんだが、署名を頼めるか?」


俺は自分の学生鞄から署名用紙を取り出す。そこには既に自分の名前は書いてある。


「ん、署名・・・ああ、そうか、川澄先輩の退学を取り消すためのか」


「そういうことだ」


「よし、よろこんで署名をしよう。それと、署名用紙は余ってるか?」


「ああ、結構な枚数作ってきたからな」


署名用紙は昨日、コンビニまで出向いて数十枚単位でコピーをしてあった。だから、かなりの数が余っているはずだ。


「よし、何枚か貰うぜ。休み時間にでも署名を集めてくるから期待してくれよ」


こんなとき俺はどうすればいいのだろうか? 友のやさしさが本当に胸に染み渡ってくる。


「・・・ありがとう」


ありふれた言葉だったが、それ以上のものは見つからなかった。


「だから、気にするなって」










さらに名雪や七瀬さんの手助けもあって、署名は舞踏会参加者ほぼ全員分を集めることが出来た。











放課後、俺と佐祐理さんは署名用紙を手に二階の生徒会室前にいた。


「ここが生徒会室ですね」


確認の意味を含めて佐祐理さんに確認する。


「はい」


「それじゃ、入りますか」


「あっ、祐一さん待ってください」


何故か佐祐理さんから制止の言葉がかかった。


「どうしました?」


言い辛そうに佐祐理さんは口を開く。


「・・・実はですね、生徒会長さんのお家と私のお父様は親交があって・・・」


つまりは佐祐理さんが一人で入ると言いたいらしい。確かによくよく考えるとこの学校のこともよく分からない俺が行ってもどうしようもないような気がする。それに親の縁でもなにでも今は佐祐理さんが言うように手段は選んでいれないのだ。


「分かりました」


俺は持っていた数十枚の署名用紙を佐祐理さんに渡す。


「それでは祐一さん、行ってきます」


俺は静かに首を縦に振って、それに答える。

そして、佐祐理さんは扉の中に消えていった。










「始めまして、久瀬さんですね」


辺りに人が居ないせいか室内の声が扉越しでもクリアに聞こえてくる。

俺は黙って耳を傾けることにした。


「始めまして・・・と言っても、あなたの噂はかねがね聞いていますよ、倉田佐祐理さん」


「あはは、あまり良い噂じゃないですよ〜」


「どうでしょうね・・・ところで、どのようなご要件で」


「ここに舞踏会参加者、ほぼ全員の署名があります」


「・・・川澄舞を復学させたい、と」


「はい」


「無理ですね」


生徒会長は迷いも無く否定する。


「どうしてです?」


「学校の決断は生徒にとって絶対です。加えて、私はこの目で川澄舞が剣を振るっているという言い逃れの出来ない事実を目撃しているからです」


「でも、あれは・・・」


「被害者も出していますね。もちろんあなたも含みます」


「あれは舞がやったんじゃありません」


初めて聞く佐祐理さんの強い口調。俺は少なからず驚きを覚えた。


「どうしてそう言いきれます? 倉田さん、正直に言って川澄舞の存在はこの学校と言う組織において、毒になっても薬にはならないような人間なんですよ。あなたが何故そこまで彼女について真剣になれるのか、私にはどうも分かりません」


「舞は、私の親友です」


「・・・親友、懐かしい言葉ですね」


「久瀬さん、お願いです。舞を復学させてください」


「何度も言いますが、それは不可能です。そもそも彼女の退学を促したのはこの私です」


「え?」


その事実は俺の憶測にある可能性の一つだった。どうやら佐祐理さんは予想もしていなかったようだが。


「さあ、私も忙しい身ですから、どうぞお引取りを」


「俺からも舞の復学を頼みたいんだが」


俺は静かに扉を開けて、室内へと入る。


「・・・誰です?」


生徒会長は少し、驚きを含んだ表情を俺に向けてくる。


「祐一さん」


申し訳なさそうに佐祐理さんは俺を見つめていた。


「ごめん、やっぱり俺も生徒会長と話がしたくてね」


「・・・ああ、君が転校生の相沢祐一君か」


納得がいったように生徒会長は俺の名を告げる。良くも悪くも転校生は名を知られるものだな、と少し見当違いの考えが浮かんだ。


「始めまして、生徒会長さん・・・さっきも言いましたが舞の復学を俺からもお願いしたい」


真正面から生徒会長を見詰める。


「ふぅ、倉田さんにも言いましたがそれは無理です」


「それは理解しています。悪いとは思いましたが外から聞かせてもらいましたから」


「それでは、もうお話することはないと思いますが」


迷惑そうな瞳で生徒会長は俺に目を合わせる。


「一つ聞きたいが、何故、舞は退学なんです?」


そんな質問をする奴の方が疑問だというように彼はため息を一つ吐いて、答える。


「彼女は器物破損の常習者です、それだけで十分な理由になると思いますが」


「だけど、証拠があるのは舞踏会だけなんじゃないのですか?」


その言葉と同時に生徒会長──久瀬の視線が鋭くなった。


「・・・どうやら君は分かっていて言っているようですね。そうですよ川澄舞が器物破損を行った証拠があるのは舞踏会のみ。他は言ってみれば重要参考人程度にしか過ぎない。だけど、その一回の証拠だけで十分退学の理由になります。警察沙汰にしなかっただけでも感謝してほしいのですがね」


「どうしても、復学は認めないと?」


「先ほどからそう申しているのですがね」


「分かった・・・」


俺は床に両膝をつけ、正座の姿勢をとり、頭を下げる。


「き、君は、何をやっている!」


俺は久瀬の言葉を無視して、さらに深々と頭を床につける。人工的で無機質な床が身体に冷たかった。

そう、俺は土下座をしていた。


「頼む、舞の退学を取り消してくれ!!」


誠意を込めて、久瀬に懇願する。


「あいつは、あいつは、あと少しでこの学校を卒業できるんだ」


それが叶うなら俺のちっぽけなプライドなんて安いものだ。


「・・・情に訴えかけようと言うのですか?」


久瀬の顔は見えないが、恐らくは冷たい瞳で俺を見ているのだろう。


「それであいつが復学できるのなら、俺は何度でも頭を下げる。・・・頼む、舞にこの学校での思い出を作ってやりたいんだ」


俺の隣で誰かが動く気配が感じられた。


「私からもお願いします。私も舞と一緒に卒業したいです」


横を見ると佐祐理さんも俺のように頭を下げて土下座をしていた。ふと、佐祐理さんと視線があった。彼女は何も言わずに微笑だけを俺に向けてくれた。


「倉田さん、あなたまで・・・」


久瀬の口から呆れとも驚きとも取れる言葉が漏れる。

一種異様な光景の中ではあったが、俺たちは間違いなく真剣だった。





長い時間、沈黙だけが室内を包んでいた。本当に長い時間なのかは分からなかったが、少なくとも俺にとってはとても長く感じられた。その間、誰一人として動く者はいなかった。

やがて久瀬は根負けしたように口を開く。


「相沢祐一、一つ聞きたい」


「どうぞ」


俺は頭は上げなかった。


「川澄舞は君たちにとって有益か?」


「ああ、舞は俺たちにとって無くてはならない存在だよ」


俺はためらいも無くそう言うことが出来た。

沈黙、恐らく久瀬は考える素振りを見せているのだろう。

そして、告げた。


「・・・良いだろう、川澄舞の復学は認める」


一瞬の間。


その言葉を理解するのに俺も佐祐理さんも少しの時間を要したらしい。


「本当か!?」


「本当ですか!?」


2人同時に言葉が出た。


「ただし、条件がある」


俺は舞と一緒に学校生活を送れるのだったら、どんな条件でも飲むつもりだった。それは佐祐理さんもだろう。















「君たちの生徒会入会、それが条件だ」































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