周囲のざわめきが大きくなる。
全ての人の視線は佐祐理さんが居たであろう場所へと注がれていた。
そこには粉々に砕けたシャンデリアが無残に転がっている。
血痕と思しき赤も見える。
どうしてこんなことになったんだ?
俺は・・・また何も出来なかったのか?
「くそっ!!」
自分の不甲斐無さが身にしみる。今度は佐祐理さんを失うのか?
また大切な人を失う? そんなのは嫌だ。体が震える。死に対する恐怖がよみがえってくる。
・・・今はそんな場合じゃない・・・
自身の声が聞こえた。
その声に俺は我を取り戻す。
そうだ今は佐祐理さんの安否を確かめる方が先だ。
先ほどまでの思考を頭から叩きだして、現実を見据えなくては。
俺は駆けるように佐祐理さんの方へと向かう。途中、前を塞ぐように立っていた生徒が邪魔だった。
「どけよ! ・・・邪魔なんだよ」
思わず言葉が荒くなる。迷惑そうに俺を見る人々。だが、気にしている暇も無い。佐祐理さんの安否を確認しなくては・・・
「・・っ!?」
言葉が出なかった。近づいて、改めて気付くその場の状況。あまりにも酷い状態だった。シャンデリアの破片は四方に飛び散り、シャンデリア本体は破損が酷く、辛うじて原型を残しているだけであった。
「佐祐理さん!!・・・今助けます」
俺は彼女の名前を呼びながらシャンデリアを持ち上げようと手をかける。
否、かけようとした。
「・・・相沢・・怪我するぜ」
「・・・!?」
思わず俺の手は動きを止める。
今、確かに聞きなれた男性の声がした。
俺は声のした方向を見やる。そこには、
「・・・北川!?」
動転していたのだろうか、シャンデリアから少し離れたところに見慣れた人物がいることに今ごろになって気付く。
そこには一人の血まみれの生徒が力なく俺を見上げていた。
「・・・北川なのか?」
「ああ・・・結構痛いなコレ」
北川は自分を指差して、顔を歪めていた。
伝わる想い 第二十四話「親友」
Written by kio
「ど、どうしてお前が・・・」
見ていて痛々しい血まみれの姿で北川が弱々しく床に座っていた。
「ふっ、どうでもいいことだろ」
本来は佐祐理さんの上にシャンデリアが落ちるはずだった。だが、そこには彼女ではなく北川が血だらけで倒れていた。それはつまり・・・
「もしかして、お前・・・」
北川が佐祐理さんを庇ったのか? いや、そうとしか考えられない。
「とりあえず、倉田先輩はそこにいるから安心してくれ」
俺の言葉を遮って、北川が顎で自分の背後を指す。
そこには佐祐理さんが眠るように倒れていた。
見たところ目立つような傷はない。恐らく佐祐理さんは気絶をしているだけだろう。・・・心底ほっとする。
だが、代わりに北川が傷を負っていたことに胸が痛む。
北川は平然そうにしているが、時折顔をしかめるのを俺は見逃さない。
「・・・お前、大丈夫なのか?」
もちろん、大丈夫ではないだろう。
「ああ、別にたいしたことないぜ」
北川は傍目でも無理をしているように見える。
「いや・・・実は結構痛い」
「救急車が必要か?」
北川の状態を見ると、嫌でもそう思えてくる。
「いや、そこまではいらない・・・と思う。骨は折れてないし、軽い切り傷だけだから、大丈夫だろう・・・」
改めて北川の状態を観察する。
たしかに北川は血まみれだったが、よくよく見ればそれほど出血しているわけではない。恐らくは傷の箇所が多いだけなのだろう。
「・・・とりあえず俺のことより、倉田先輩のことを見てやってくれ。たぶん怪我はないと思うが・・・派手に飛ばされたからな」
俺は黙って頷き、佐祐理さんを介抱する。
・・・・
佐祐理さんは気を失っているだけで外傷はないように見えた。だが、一応は医者に見てもらった方が安心だな。
俺は佐祐理さんが呼吸しやすいように寝かせる。
「・・・なあ、相沢」
北川は頃合いを見計らったかのように、俺に話し掛けてくる。
「なんだ?」
こいつも医者に見てもらわないといけないな。と俺は思う。全身の傷である、破傷風にでもなったら大変だ。
・・・だが、こんな状況でも教師すらこの惨事に適応できていない。ただ、呆然と俺と北川のことを眺めているだけだ。・・・言い知れぬ怒りを覚える。端違いの怒りかもしれない。だけど、この北川の状態を見て、黙っていられるなんて・・・
「・・・なあ、相沢、あれは一体なんだったんだ」
北川の俺に対する言葉で現実に戻らされる。
「何も無い空間で倉田先輩が吹き飛ばされてた」
北川は魔物のことを言っているのだろう。
そう、魔物・・・・・・、魔物はどうした!!
大事なことを俺は忘れていた。
「絶対におかしいぜ・・・ってどうした、相沢?」
表情を一変させた俺を見上げて、北川は問う。
「舞、舞はどこに行った!?」
佐祐理さんと北川のことで失念していたが、舞の姿が先ほどから見えない。もしかすると、舞は・・・
「!!・・・相沢・・・」
北川の瞳が驚きに見開かれる。
俺の最悪の想像が現実のものになりつつある。
「か、川澄先輩が・・・」
ガッシャン
何かが破壊されるような音。北川の言葉はその音にかき消された。
そして、俺は後ろを振り向く。
「・・・舞・・・」
俺の目に映ったのは剣を携え、ありとあらゆるものを破壊している舞の姿だった。
「舞、やめろ!!」
俺は舞を止めようと彼女のもとへと走る。だが、それよりも速い速度で舞は移動を繰り返している。
「・・・どうして、こんなことをする!!」
遠く、舞の声が聞こえた。
今のは俺に向けた言葉ではない。・・・舞は魔物に話し掛けている!
よく見ると舞は無差別に破壊をしているわけではないことに気付く。彼女が剣を振るうところは、その一瞬前に破壊が始まっていた。
こんな現象、普通では考えられない。
そうなると考えられる可能性は一つ。
魔物
佐祐理さんを傷つけようとした存在。そして、北川をも巻き込んだもっとも忌むべきもの。
「私は許さない!!」
舞は叫び、剣を掲げ、
跳躍。
舞の剣が宙を振るう。
ズッ
何かが斬られたかのような鈍い音が小さく響く。
そして、舞は床に降り立つ。
「はぁ、はぁっ・・はぁ」
荒い息を整える。彼女は恐ろしい程までハードなスポーツを行った後のように疲れきっていた。
・・・おかしい。舞の運動能力ならここまでなるはずはない。
「舞、おま・・・」
「分かっているのか、これは大問題だぞ!!
」
一人の男子生徒の怒鳴り声が俺の言葉を遮って、発せられる。そして、彼は致命的な一言を・・・
「川澄、今度こそお前は終わりだ!!」
言った。
「・・さゆり、・・・ごめんなさい・・・」
俺たちはあの後駆けつけた保健医と共に保健室へと向かった。
そして、今この保健室では佐祐理さんと北川がベットを占拠することとなっていた。
舞も酷い疲労状況だったが、保険医の言葉に耳をかそうとはしない。彼女はさっきからずっと佐祐理さんの傍で謝り続けていた。
白いベットの上に横たわる佐祐理さんの手を握り締めながら、彼女は涙を流していた。
自分には何があっても泣かなかった彼女が。
それは深い自責の念であろう。親友を傷つけてしまった自分に対する。
本当はお前は悪くないと言いたかった。だけど、それを口にしたら彼女はさらに自分を苦しめるだろう。魔物は自分が生み出したから、と。
俺は舞と佐祐理の2人きりにさせておくことにした。今は何を言っても舞を慰めることは出来ないだろうことを経験上知っていた。
「北川、大丈夫か?」
カーテンを仕切って隣に寝ていた北川に声をかける。
「おお、きわめて良好だぞ」
確かに北川の顔色は良い。血を拭い去ったおかげかそれ程、怪我を負っているようには見えない。
「そうか」
安心したせいか、一気に疲れが出てきたような気がする。
「・・・なあ、相沢」
北川は声を1トーン落として話し掛けてくる。彼の瞳は真剣だった。
「なんだ」
俺も北川の雰囲気を感じ取って、真剣な瞳を返す。
「・・・俺は川澄先輩のことを信じている」
「!!」
北川の言葉に俺は驚いた。正直、そんな言葉が出てくるとは思わなかった。北川は舞が剣を振り回している光景を見ていたはずなのに、そう言った。
「よくは分からないんだけどさ、あの・・見えない非科学的なやつ、それを川澄先輩は倒そうとしていたんだろ?」
「・・・・」
沈黙と言う名の肯定。恐らく北川は今回、舞が起こしたことの真実が一番見えている。そう俺は確信した。
「確かに俺は川澄先輩の悪い噂しか聞いていないんだけどな・・・でも俺はそんな悪い人には見えないんだな、あの人は」
白いカーテンを見つめて北川は言う。
「俺、前に川澄先輩が野犬を追い払うところを見たことがあるんだけどな・・・」
前に佐祐理さんが少し話していたような記憶がある。
「あの時いた人は皆、『また虐待を始めた』とか言ってたけど、俺にはそうは見えなかった。・・何て言うか、野犬のことを澄み切った自愛のような瞳で見ていたんだ、川澄先輩は。それでそいつを傷つけたくなくて・・自分が変わりに何とかしようとか、そう言う風に見えたんだよ。・・・俺の勝手な思い込みかもしれないけど」
「・・・そうか」
北川の考えは全て真実だと思う。それほど親しくもない北川がそこまで舞のことを理解してくれていることに喜びを覚える。
「なあ、相沢、お前、川澄先輩と親しいんだろ?」
「ああ」
「なら、力になってやれよ」
北川の言葉が俺の心の中に入り込んでくる。
・・・そうだよな、俺が舞を守ってやらないと。
「分かってるよ」
自分自身に言い聞かせるように俺は言った。
「それなら良いんだ」
俺には北川のような友人はもったいなさ過ぎるな・・・
本当の北川の姿が今、見えたような気がした。
「北川、ありがとうな」
北川に聞こえないように俺は礼を言った。
しばらくして、佐祐理さんは目を覚ました。
泣きじゃくる舞とそれを優しく慰める佐祐理さん、2人の姿がとても儚げで優しかった。
それはいつもと違う光景だったが、俺には何故かいつもと変わらない2人の姿に見えた。
だから、俺は2人の姿を見ていると安心できる。
だけど、何なのだろうか、これは・・・
消えない不安
俺の中でそれは急速に広がり続けていた。
物語は結末へと動き出す・・・
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