「よう、舞」


祐一がいつものようにコンビニの袋を携えて、私のところへやってくる。

とても嬉しかった。祐一と会えることが。

いつもなら私はそんな幸せな気持ちで一杯になるはずだったが、今日は違った。何かがひっかる。何かが起きようとしている。その何かの正体はよく分からないけど不安だった。


「・・・・」

「ん、どうした?」


祐一が不思議そうに私を見ている。・・・心配をかけちゃ駄目。


「・・・何でもない」


いつものぶっきらぼうな口調で私は答える。だけど、言い知れない不安は消えない。


「それなら良いけどな。ほら、今日はハンバーガーだ。嫌いか?」

「ハンバーガー、嫌いじゃない」


ハンバーガーは美味しいから好き。それに何かを食べていればこの気持ちがまぎれるかもしれない。

私は袋からそれを一個手にとり、包装紙を破いてそのままハンバーガーを食べ始めた。



5分後



祐一の持ってきた5個のハンバーガーの内3つを私が食べた。・・・美味しくて満足。それでも気持ちは晴れなかった。


「よし、今日は魔物も現れないようだし、明日の舞踏会に備えて早めに引き上げないか?・・ってもう今日か」


祐一は時計を月にかざして、時刻を確認する。たぶん深夜の0時を過ぎいるんだと思う。


「・・・分かった」


不安は消えない。けれど、ここにいても何も発展はしない。そう考えて、私は祐一の意見に賛成した。


「よし、帰るか」


「(コクン)」


















そう言えば、一つ気になったことがあった。ここ最近、魔物は姿を現そうとしない。祐一と再会する前までは毎日のようにそれは現れていた。だけど、ここ数日は不気味なまでに気配を感じることが出来ない。

・・・これが不安の正体なのだろうか。何かの前兆なのだろうか。




















どうか私の杞憂でありますように。







































伝わる想い 第二十三話「舞踏会」

Written by kio









「祐一さん〜」


佐祐理さんの声が聞こえてくる。何故か俺は学校の玄関で舞と佐祐理さんと待ち合わせをしていた。初め佐祐理さんが俺の教室に迎えに来るとか言っていたが、どうなるか予想できたので丁重にお断りした。次に俺がいつもの踊り場を提案したところ、二人の先輩がロマンチックじゃないとかなんとか言い出し、あえなく却下。それで結局、玄関という案に妥協することとなった。


「よう・・・」


いつものように挨拶をしようとしたが、言葉を続けることが出来なかった。

2人のドレス姿があまりにも素敵過ぎて目ばかりが奪われてしまう。・・・こうして考えてみると俺はつくづく女性のこのような姿に弱いことが分かる。そう言えば、この前の舞のデートもそうだった気がする。


「どうしたんですか?」


佐祐理さんは無邪気な笑顔を浮かべて俺に訊ねてくる。それが一層俺の言葉を奪う結果となり、


「・・いや、その綺麗ですね、佐祐理さん・・・」


誤魔化すようなセリフしか言えなくなってしまう。


「あはは、ありがとうございます」


ブルーを基調としたドレスを身に纏った佐祐理さんが頬を赤らめて礼を言う。



ぽかっ



突然の頭部への打撃。


「いてっ」

「祐一、無視しないで」


後ろを向くと不機嫌顔の舞が右手でチョップしていた。ちなみに舞は佐祐理さんとは対照的にピンクとパープルの中間の色ようなドレスを着ていた。デザイン的に彼女にピッタリに思える。おそらくは佐祐理さんのコーディネートなのだろう。


「冗談だよ、舞も綺麗だ」

「・・・私はついで・・・」


めったに見せないいじけたような表情で舞は俺を見る。


「おい、いじけるなよ、舞」


慌てて舞を慰めようとするが、舞はすねていて中々機嫌を直してくれない。


「祐一さん駄目ですよ、舞をいじめちゃ」


しかも、俺、佐祐理さんに諭されてるし。


「そ、そろそろ始まりますね、舞踏会」


とりあえず舞のことは無視して佐祐理さんに話を振る。


「祐一・・・私のこと嫌い?」


俺は何も聞こえんぞ。


「佐祐理さん、行きますか」

「そうですね」


あっさりと佐祐理さんは同意してくれる。


「・・・2人とも今日は意地悪」


いや、舞よ、俺はただ照れているだけでお前に意地悪しようとなんか考えていないんだがな。・・・だが、それは言葉にはならない。やっぱり、恥ずかしいから。たぶん、佐祐理さんはそんな俺に気付いた上で合わせてくれているんだろう。

俺はもしかしたら佐祐理さんに感謝しても、しきれないのかもしれないな。




















「そこは別世界だった」


普段使用している体育館かと疑いたくなるような内部装飾。それはまさしく外国の貴族のパーティの映像と変わらないと思われる。・・・こんなの正直言って、海外ドラマぐらいでしか見たことがない。しかも、中にいる生徒達もいつもの雰囲気とは違い、厳粛としたムードだ。

俺はこんなところにいてもいいのか? ふと疑問に思ってしまう。あまりにも場違いな風景が俺を不安にさせる。

まぁ、北川も出るとか言っていたから心強いかもしれない。北川には悪いが、あいつもこういう場には向いていないと思う。辺りには北川の姿は見えないが、幾分気持ちが楽になったような気がする。


「? 祐一、なに言ってるの」

「・・・気にするな」


とりあえず体育館に行くまでの間で何とか舞は機嫌を直してくれたので、安心した。そこはやはり年上のお姉さんなだけはある。


「よし、舞、早速だが踊るか」

「(コクン)」

「お手並み拝見させてもらいます」


少し冗談めかして俺は舞の右手をとる。


「(コクン)」


舞もそれに応じて俺の手を握る。


そして、どこかで聞いたことのあるような穏やかで、ゆっくりめの曲が流れ始める。


舞踏会が幕を上げた。



俺と舞が佐祐理さんから習ったのは本当に簡単な踊り方だけ。でも、佐祐理さんが言うにはそれだけでも十分立派に見えるそうだ。しかも、恥ずかしいことに彼女は、俺と舞の両者とも器量が良くて、2人が踊っているだけで人を惹きつけてしまいますよ、なんてことを言ってくれた。

とりあえずそれの真偽は不明だが、自信になったことも事実。

俺と舞はダンスを満喫していた。


「・・・それにしても、なんか恥ずかしいな」


別に誰かが見ているわけではないのだが、気分的に恥ずかしかった。・・・いや、佐祐理さんが笑顔でこっちを見ていたような気がする。


「祐一、私は嬉しい」


顔を真っ赤にして舞は言う。彼女の踊りに一切の惑いはない、完璧なダンスだった。


「ああ、俺も嬉しいよ」


舞と踊っていると、佐祐理さんとのときとはまた違う感情が俺の心へと染み渡ってくる。

・・・本当に俺は舞が好きなんだと今更ながらに実感する。絶対に離したくない、彼女は俺が守ってみせる。そんな気持ちが俺の中に湧いてくる。


2人の至福のときはまだまだ続く。















曲がフィナーレを奏でて、俺たちのダンスも優雅な終わりを迎えた。


佐祐理さんがいるところへと歩いていく。


「2人とも素敵ですよ〜」

「いや、照れますね」

「・・・恥ずかしい」



ゆっくりとまた曲が流れる。先ほどとは違う曲が紡がれていく。


「祐一さん、お相手願いますか」

「よろこんで」


佐祐理さんの誘いを断れる人なんているのか? 少し疑問だった。

それに俺には2人との約束があるしな。思い出を創るという大きな約束が。


「舞、祐一さんを借りていくよ」

「・・・分かった」


舞は相変わらずの無表情だったが、その顔はどこか穏やかだった。










「祐一さん」


ダンスも中盤を迎えたところで佐祐理さんが口を開く。


「はい」


佐祐理さんの綺麗な瞳が俺を真っ直ぐに見つめている。


「舞を大事にしてくださいね」

「え?」


俺は聞き返すが、佐祐理さんはにっこりと微笑んだまま、何も言わない


「・・・分かりました」


何となくだが佐祐理さんの真意が見えたような気がした。・・・幾度目となるか分からない感謝の念を俺は佐祐理さんに向ける。


「ありがとう、佐祐理さん」

「こちらこそ、ありがとうございます、祐一さん」


俺たちは笑顔だった。




















「あ、佐祐理は少しあちらの方に行ってきますね」

「分かりました」


やはり、佐祐理さんは親の影響のせいかそれなりの付き合いがあるらしく、高級そうな衣装を身に纏った生徒の一団の中へと消えていく。


「ぱくぱく」


一方、舞はさっきから料理を片っ端から食べていた。


「美味いか? 舞」

「美味しい」

「そうか、良かったな」


舞は何かを食べるときは本当に真剣で美味しそうに食べる。そこがまた彼女の好点の一つなのではないだろうか。なんと言うか、そんな彼女を見ていると落ち着くのである。


だが、俺はそれを感じるよりも先に舞の違う変化に気づいてしまった。


「!?」


言葉に出来ない驚きと不安が舞から感じられる。


「どうした、舞?」

「・・・魔物がいる」

「何だと!」


出来れば幻聴であってほしかった言葉。だが、確かに舞はその言葉を言った。『魔物』と。


「魔物がここを狙っている」


舞は体育館のある一角を目指して走り出そうとする。


「・・・どこに行くんだ」


だが、俺は止める。おそらく、彼女をこのまま行かせたら確実に剣を取ってくることだろう。あのおもちゃではない、本物の西洋刀を。


「剣を持ってくる」


俺の勘は当たっていた。だが、それじゃあ、この舞踏会はどうなるんだ?


「こんなところで振り回すわけには・・・」





ガッシャーン





俺の反論は突然、何かが壊れるような音によって中断された。


見ると天井のシャンデリアの一部が割れて、破片が床へと降り注いでいた。そして、聞こえてくる生徒達の悲鳴。・・・どうやら最悪の状況での『魔物』の登場となってしまったらしい。


「何でこんなときになんだよ!!」


理不尽な怒りが沸々と湧いてくる。その怒りで俺はどうにかなりそうだった。何故、魔物は俺と舞との時間を奪おうとするんだ。



そんな俺の思考とは関係なく、全ては動いていた。





ドンッ





何かが吹き飛ばされて、壁にでもぶつかるかのような音。

俺の視覚はその『何か』を捉えていた。現実とは思いたくない映像を・・・


「さ、さゆりっ・・・さゆり!?」


舞は走りながら必死に佐祐理さんの名前を叫んでいた。早く彼女の元へと向かうために。


俺の目には確かに佐祐理さんが力なく壁に衝突した映像が張り付いていた。










そして・・・










そして、またシャンデリアが天井から自由落下を始めようとしていた・・・










無常にも彼女の上にあるシャンデリアが・・・










今、落ちた。















ガシャン















ガラスが割れるような無機質な音があたり一面に響いた。






























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