「よう、お二人さん!」


最近見慣れた黒髪の女性と淡い栗色の髪の女性の肩を優しくたたいた。

2人はそれに反応して、俺の方を振り向く。


「あ、おはようございます、祐一さん」


と、いつもの暖かい微笑みを浮かべて佐祐理さん。


「祐一?」


何故か疑問系の舞。


「朝はおはようだぞ、舞」

「おはよう、祐一」


そう言って舞は俺を見つめる。

・・・舞の顔が徐々に赤くなっていく。

逆にそれを見ている俺の方が恥ずかしくなり、


「え、ええと、・・佐祐理さんたちはいつもこの時間なんですか?」


照れ隠しに佐祐理さんに話を振る。


「そうですよ〜」


佐祐理さんはやはり笑顔で答える。

どうやら誤魔化すことに成功したようだ。と言っても、佐祐理さんのことだから気付いているのだろうが。


「あはは、俺なんかいつも遅刻寸前ですよ」

「そうなんですか」


「そうなんですよ」


その証拠に今まで登校中に佐祐理さんと舞に会ったことはない。


今日はたまたま名雪が陸上部の朝練に行ったため、俺はこんなに早く登校することが出来たのだ。ちなみにいつもよりも30分近くも早い・・・


「ところで佐祐理さん?」


名雪に対してどうも腑に落ちない感情を抱いたが、とりあえずそれは考えないことにする。なんと言うか考えると世の不条理を感じてしまいそうだったからだ。


「はい?」

「昨日のは佐祐理さんの入れ知恵ですか?」


昨日の舞とのデート、どうも佐祐理さんが関与していたとしか考えられないことが多かった。


「!!」


佐祐理さんの笑顔が驚きに変わる。・・・と言ってもほとんど変化がないのが佐祐理さんらしい。


「・・・気がついていたんですか?」

「ええ、いつもの舞にしてはギャップが激しすぎましたから」

「昨日の舞はかわいかったですか?」


この人は笑顔でとんでもないことを聞いてくる。


「そ、その、・・それは・・・」

「祐一、・・・嫌だった?」


・・・また上目遣いなのか・・・そうなのか?


「そ、そんなことはないぞ」


俺はかなり戸惑いながら答える。


「あはは、良かったね、舞」

「(コクン)」


舞の顔がさっきよりも赤いのは気のせいだろうか。

・・・たぶん、俺も顔が真っ赤なのだろうな。


「でも、祐一さんが舞にとられちゃったな・・・」

「え、佐祐理さん?」


さっきまでとは違い声を1トーン落として佐祐理さんは呟く。


「あはは、何でもないですよ」

「・・・そうですか」


ごめん、佐祐理さん。聞こえてしまったよ、あなたの声が。でも・・・


「そうだ、舞、私も祐一さんに振り向いてもらえるように頑張るよ!」

「佐祐理には負けない」


今の言葉は佐祐理さんの冗談だと俺には分かったような気がした。おそらくは彼女は影ながら親友を応援するのだろう。それが彼女の選択。俺にはどうこう言う資格はない。でも、切なかった。彼女の気持ちが。

それに、彼女はいつも通りに俺に接してくれている。あの土曜の日、俺に何があったのか聞こうとはしない。・・・ありがたかった。それ以上に申し訳なかった。


「ありがとう、それにごめん、佐祐理さん・・・」


誰にも聞こえないように俺は佐祐理さんに感謝の言葉を述べた。


「はえっ、何か言いましたか?」

「いえ、気にしないで下さい」








































伝わる想い 第二十一話「午後のひと時」

Written by kio









あっという間に学校に着いたような気がする。

やはり佐祐理さんと舞のおかげだろうか。あの後も俺たちはとりとめのない話をしながら、登校の時間を楽しんでいた。


「それじゃ祐一さん、またお昼に」


玄関での別れ際、佐祐理さんは俺に言う。


「あ、はい」


・・・お昼?

思わず返事を返してしまったが、一緒に昼食を食べようと言うことなのだろうか。

ちなみにお昼と言って思い出すのが佐祐理さんの重箱お弁当。

たぶんまた、あの階段の踊り場に行けばいいのだろう。




















「相沢くん、おはよう」

「ああ、おはよう七瀬さん」


教室に入って早々、七瀬さんが挨拶をしてくれる。俺はいつも通り挨拶を返すが・・・何となくあの日から彼女と顔を合わせるのが恥ずかしい。何と言うか泣き顔見られたしな。


「あれ、水瀬さんは?」


そんな俺の心情とは関係なしに七瀬さんは訊ねてくる。


「あいつは今日は朝練で、まだグラウンドを走っているんじゃないかな」


何とか彼女の顔を見ながら話すことが出来た。


「だから今日はこんなに早いのね」

「ぐあっ、七瀬さん・・・」


その言葉は俺の心にぐさっときたよ。


「ふふっ」


楽しそうに七瀬さんは笑う。

酷い・・・でも、俺の心情に気付いてわざと言ってくれたのかもしれないな。彼女はそんな優しさを持ち合わせているから。



「!!相沢がもう居る・・・」


北川が教室に入るなり、『世界が今日終わるよ』と宣告されたような顔で叫ぶ。


「何、大袈裟な驚き方をしているんだよ」


俺はこのクラスでどういう認識をされているのか、少し分かったような気がした。


「はぁ・・・いつもは名雪がいるから遅刻寸前なだけで、俺自身はこの時間に来ることだって可能だぞ」


何か朝から非常に疲れてしまった。


「・・・同情するわ、相沢くん」


七瀬さんが同情の言葉を俺にかけてくれる。でも同情されるのも辛いよ、俺。


「・・・祐一も七瀬さんも酷いよ」


名雪がいつの間にか自分の席についていた。


「ん、本当のことだろ?」

「うぅー」


さらっと言い放ってやる。



ガラッ



「おはよう、皆」


教室の扉を開けて、一人の女子生徒が入ってくる。


「あ、香里おはよう。もう体調は大丈夫?」

「ええ、おかげ様でもう大丈夫よ」


美坂香里。俺の罪を自覚させてくれる存在。


「うむ、健康そうで結構だぞ、美坂」


何故か偉そうな北川。


「・・・あなた誰よ」


呆れた口調で香里は言い放つ。


「美坂がいじめる・・・なぁ相沢、なんとか言ってやってくれよ」


どのしろ香里と会話せずにいるわけにはいかない。だから、意を決して俺は言う。


「・・・ああ、元気そうだな、香里」

「・・・ええ、おかげ様で」


射るような香里の視線。そこには一切の感情が欠落していた。彼女が北川に声をかけたときまでは感情が存在していたのかもしれない。だけど、俺に対しては・・・





「ほら、ホームルームを始めるぞ」


担任が教室の中に入ってくる。


「あ、先生だ」

「お、石橋のやつか」


名雪と北川がそれぞれに言い、自分の席に着く。



担任の出現により、俺は何とかこの状況から逃れることが出来た。

だが、いつまで逃げるんだ俺は?

答えはでない。




















「祐一、お昼だよ」

「・・・・」


名雪がいつも通り声をかけてくれるが、俺にはそれに答える気力は残っていなかった。

授業中は常に自身を罪の意識へと追い込んで・・・俺はどうするつもりだったんだ。自分の心はもしかしたら壊れかけているのかもしれない。


「何か元気ないよ」

「大丈夫だよ。・・・ああ、俺はちょっと他に行くところがあるから」


俺の居場所がそこにある。

逃避なのかもしれない。そんな俺自身に自嘲の笑みを浮かべようとするが、うまくかない。


「そうなんだ・・・」

「それじゃな」


顔を名雪に見せないように席を立つ。名雪まで心配をかけるわけにはいかない。もうこれ以上誰かを巻き込むわけにはいかないんだ。いつもの言い訳の言葉を浮かべて、教室を逃げるように出て行こうと・・・


「あ、皆、今日は私の妹を紹介するわ」


香里の楽しげな口調が俺の耳に入ってきた。


「えっ!? 香里って妹がいたの?」


名雪の驚きの声。


「ええ、ちょっと今まで病気がちで、学校には来れなかったんだけどね・・・学食で待ってるはずだから、早く行きましょう」

「うん、分かったよ」

「よし、美坂チーム発進だ」


そうか栞が学校に着たのか・・・

今の俺の感情は何なんだろうな・・・ワカラナイよ。



俺は何も考えないようにして、教室を去った。




だから、俺は自身の姿を一人の女子生徒が真剣な瞳で見つめていたことを知らない。




















「あ、祐一さんだ〜」

「祐一遅い」


佐祐理さんと舞が階段の踊り場で俺を待っていてくれた。

ここが俺の居場所。急速に心が癒されていくのを感じる。


「遅いって・・・急いで来たつもりなんだがな」


当り障りのない言葉を言って、俺は佐祐理さんと舞の正面に腰を下ろす。床には可愛らしいレジャーシートが敷いてあった。間違いなく佐祐理さんの私物なんだろうな。


「祐一さん、舞、いっぱい食べくださいね」


俺が座ったことを確認して、佐祐理さんは重箱弁当を開く。

・・・凄い美味しそうな料理が並んでいる。腹の虫が騒ぐ。

どうでもいいが、タコさんウインナーが少し多すぎませんか?佐祐理さん。たぶん、舞への配慮なんだろうけど。


「・・・いただきます」

「ごちそうになります」


舞と俺は重箱弁当を食べ始めた。



・・・


・・・・


・・・・・



「本当に佐祐理さんの弁当は美味しいですね」

「あはは、ありがとうございます」


本当に美味しいと思う。たぶん、毎日食べても飽きないとも思ってしまうぐらい素晴らしい料理だった。・・・絶対、佐祐理さんはコックを目指すべきだな、これは。


「佐祐理のお弁当好き」

「舞もありがとうね」


この弁当を不味いという人を見てみたいぞ、俺は。










「ところで祐一さん、今週の水曜日はあいていますか?」


ほとんど料理を食べ尽くしたところで、佐祐理さんが訊ねてくる。


「特に用はなかったと思いますが、何かあるんですか」

「実はですね、来週の水曜日にこの学校で舞踏会が開かれるんですよ」

「へぇー、そういうのがあるんですか」


少し変わっているかもなこの学校。正直、舞踏会を行なう学校なんて始めて聞いたし。


「はい、この学校では毎年恒例になっているんですよ。それで祐一さん、私達と一緒に参加しませんか?」

「・・・ええと、舞踏会にですか」

「はい」


にこにこと佐祐理さんが笑っている。・・・でもな、


「うーん、俺踊れないし・・・それにこう言うのは正装で出ないといけないんですよね」


普通の舞踏会は正装である。それ以前にそれ以外の服装は思いつかないことも事実だが。


「大丈夫ですよ、正装は私が用意させて頂きます」

「えっ? それは悪いですよ」


正装を用意するって・・・レンタルのものでもそれなりの金額がかかるはずだから、そんなことを佐祐理さんにさせるのは気が引ける。


「いいえ、これは佐祐理の我が侭ですから気にしないで下さい」


一度、言葉を区切って佐祐理さんは続ける。


「祐一さん、私は祐一さんと舞とのこの学校での思い出がほしいです。・・・だから、一緒に参加してくれませんか」


それは佐祐理さんの願いだった。

そうか、2人ともあと数ヶ月で卒業してしまうんだったな。そう言うことなら。


「・・・分かりました。俺も佐祐理さんと舞との思い出がほしいですからね」

「ありがとうございます」


佐祐理さんはほっとしたような表情を見せる。


「でも、佐祐理さんも舞も踊りが上手そうで、俺、恥をかきそうですね」


佐祐理さんは普段の言動を見る限りこう言う行事には慣れていそうだし、舞だって何となく上手そうな気がする。


「・・・祐一、一緒に練習する」


舞がポツリと漏らす。


「もしかして、今からか?」


まさかとは思いながらも俺は聞いてしまう。


「(コクン)」

「舞、グッドアイデアだよ」

「・・・マジか」


佐祐理さんが舞の意見に賛成してしまった。

という訳で、この狭い踊り場で佐祐理さんによるダンス教室が始まった。












「祐一さん、うまいですね」


それなりに踊るスペースがあり、俺と佐祐理さんは一緒に踊っていた。もちろん音楽はないが、佐祐理さんのおかげでリズムを取れていた。


「佐祐理さんのリードが上手いからですよ」

「そんなことはありませんよ」


本人は謙遜しているが、彼女は相当な技術の持ち主であることが一緒に踊っていると分かる。


「やっぱり、祐一さん、上手いですよ・・・もしかして、祐一さんダンスの経験があるんですか?」


そうなのだろうか?少し疑問はあるが、


「まぁ、あるようなないような」


ダンスの経験が全くないと言えば嘘になるので正直に答える。


「そうだったんですか」

「ええ、前の町でちょっと・・・」










ちなみに状況的にあぶれてしまった舞はと言うと、


「私も頑張る」


俺と佐祐理さんを見ながら、一人心の炎を燃やしていた。





























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