「なあ、舞」



俺は舞を抱きしめたまま優しく語りかける。



「何? 祐一」



舞は顔上げ、俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。



気のせいか、彼女の瞳が幾分赤いように思えた。



「明日、デートしないか?」



「・・・うん・・・」



満面の笑顔が彼女の顔から零れた。






































伝わる想い 第二十話「幸せなとき」

Written by kio









「・・・遅いな」


俺は何故か学校の前にいた。

どういうわけか、舞がここで待ち合わせをしたいと言い張ったのだ。・・・それはいい、別に反対しようとも思わない。だが・・・正直恥ずかし過ぎるぞ。さっきから部活で校舎に入っていく生徒たちに不信な目で見られていて辛いのだ。

という訳で俺はここから早く逃げ出したかった。



15分後



「・・・舞のやつ、どうしたんだろう」


少し心配になってきた。

舞は遅刻はしないタイプだろうという俺の勝手なイメージがあったからだ。それが心を揺らす。


「うーん」


舞の身に何かあったのかもしれない。ただの寝坊かもしれない。俺の心でこの二つの意見が葛藤を繰り広げていた。



「・・・祐一」


俺の背後から彼女の声が聞こえてきた。


「舞、遅いぞ・・・」


俺は振り向く。

遅れてきたことに文句の一つでも言いたかった。・・・だが、二の句は繋げれなかった。

俺は彼女に見とれていた。普段の制服姿とは違う淡い紫色にそろえた服装、注意しなければ気がつかない程度の化粧、それが彼女の魅力を最大限に引き出していた。彼女の制服姿に見慣れていたせいだろうか、それともラフな格好で来ると思っていた俺の先入観からだろうか、とにかく俺の目は舞に釘付けだった。


「・・・まぁ、なんだ・・その、・・・さあ、行くか」


しどろもどろに俺は言う。とにかく、舞に気付かれないようにしないと。・・・バレバレかもしれないけど。


「祐一・・・」


舞は俺の服の袖を掴み、上目遣いで見つめてくる。


「ぐあっ・・・」


これは俺に言えといっている。絶対に言えといっている。・・・何か俺に期待の眼差しを向けているような気がする。


「・・・分かったよ、その・・か、かわいいよ・・・」


俺は目をそらしながら言う。正直、恥ずかしすぎて彼女を直視出来るはずがなかった。


「ありがとう!」


舞の嬉しそうな声が辺りに響いた。



















「舞、どこか行きたい所はあるか?」


とりあえず、学校から離れて商店街まで来た。

一応は昨日水瀬家に帰ってから、デートのプランというものを考えてみたのだが、俺にはどうやら無理だったようで・・・


「・・・こういうのは祐一の役目」

「いや、そんなこと言われてもな・・・俺だってデートなんて初めてで・・・」


デートの知識なんかほとんどない、俺にどうしろと?・・・しかも、無意識に舞を意識してしまっているようで昨日から頭が良く働かない。

舞は少し考える素振りを見せ、


「・・・分かった、お姉さんがエスコートしてあげる」

と言った。


「お姉さんて・・・」


普段の舞のからは考えることの出来ないセリフだ。それに彼女は何故かずっとにこにこと笑っていた。・・・何となく佐祐理さんの入れ知恵のような気がするのだが。


「行こう、祐一」


舞は俺に腕を絡ませてくる。


「・・・そこはかとなく恥ずかしいぞ」

「気にしない」


やはり笑顔で舞は言った。




















俺は舞に連れられ、百花屋に来ていた。


「牛丼二つ」

「え?」


席についてそうそう、舞は女性店員にそう告げた。

物凄くその店員は戸惑っているように見える。


「あ、あのイチゴサンデーとコーヒーをお願いします」


慌てて俺は違うものを注文した。


「・・・かしこまりました」


店員は店の奥へと消えていく。その顔には終始はてなが浮かんでいた。


「ふぅ・・」


一息つく。


「・・・牛丼」


何となく舞が俺のことを睨んでいるような気がした。


「あのな、舞。ここは一応は喫茶店なんだから、牛丼なんて置いてないって」


そう、百花屋はどちらかというと喫茶店に近い雰囲気を持っている。加えて、若者の客が多いためデザート系のものを主に扱っていた。俺の記憶によれば牛丼は扱っていないはずだった。


「・・・残念」


心の底から残念そうに舞は言う。


「そういえば、舞って牛丼が好きだったんだよな」


前に夜食として、舞に牛丼を持っていったときのことを思い出す。たしか、『凄く嫌いじゃない』とか何とか言っていたような覚えがある。


「(コクン)・・・牛丼は初めて佐祐理と一緒に食べたから好き」

「そうなのか?」

「(コクン)」


どうやら、牛丼は舞にとって思い出のあるものらしい。





「ご注文のイチゴサンデーとコーヒーをお持ちしました」

「あ、どうも」

「ごゆっくりどうぞ」


営業スマイルを残して、店員は去っていった。


「(パクパク)」


舞は何も言わずにもくもくとイチゴサンデーを食べる。・・・なんというか、今の舞の服装に激しく相応しくないような気がする。まぁ、逆におしとやかに食べる舞は想像できないしな。


「どうだ、舞、美味いか?」


見た目で分かるが一応聞いてみる。


「・・・イチゴサンデー嫌いじゃない」

「・・・微妙に答えが違わないか?」


そのセリフは好きか嫌いかの時に言うものだと思うんだが。美味しいと言いたいことは分かるんだがな。


「気にしない」


舞さん、我が道を行く。




















「さあ、次はどこに行こうか?」


百花屋の中は暖房が効いていたせいか、俺は少し寒かった。というわけで、早いところどっかに行きたい。


「・・・・」


舞は無言だった。


「お姉さんがエスコートしてくれるんじゃなかったっけ」


何かこう言う舞を見てると意地悪したくなる。・・・はっ!これがもしやいじめっ子の心情なのではないのだろうか?俺の精神年齢は子供なのだろうか。少し複雑な気分だった。


「・・・ゲームセンター」


ぽつりと舞は言う。


「・・・・」


ゲームセンターか・・・どうしても栞を思い出してしまうな。だけど、今は舞の笑顔が見たい。


「よし、行くか」

「(コクン)」




















『喰らえ、リミット、オブデス!!』


冒険者風の男が持つ槍から、衝撃破が発せられる。


『・・・闘氣陣』


目前からの突然の光、それが壁を形作っていく。そして、先ほどの衝撃破はその壁に飲み込まれ、消滅する。


カチャ、カチャ、カチャ


冒険者風の男と激しい攻防を繰り広げている長身の女性は突然動きを止める。

そして、一呼吸。


『・・・究極奥義・三千世界』

『!?』


今まさに、女性に一撃を決めようとしていた男は『それ』を正面から喰らう。


キュイーン・・・ズゴ、ズゴ、ズゴ、ズゴ、ビシッ・・・ズサッ!


『3000hitコンボ達成・・・勝者、ヒメ!!』


決着を継げる音声がスピーカーから響いた。







「ふぅ、・・・強いな、舞」

「・・・このゲームは嫌いじゃない」


何故か俺と舞は対戦格闘ゲームをやっていた。ちなみに俺は最初の一回以外舞に負けっぱなしだ。戦歴15戦中1勝14敗である。


「それにしても、たった一回やっただけで、俺よりもうまくなるなんてな」


はっきり言って、驚愕だった。それほど、舞の飲み込みと反射神経が良かったのだろう。


「・・・・」


俺の言葉に顔を赤くして舞は照れいた。














「たぬきさん、かわいい」


格闘ゲームを終えた後、俺たちは昨日と同じようにクレーンゲームの前に立っていた。

なお、今、舞が持っているたぬきで今日は7つ目の戦利品となる。


「祐一、今度はあのうまさん」

「よし、任せておけ」


俺は8つ目の100円玉を投入した。



・・・

・・・・

・・・・・



「ああ、遊んだ、遊んだ」

「・・・満足」


ゲームセンターを出た俺たちは辺りの景色を見ながら、ゆっくりと帰路についていた。

本当に今日は楽しかった。舞と一緒にいれることがこんなに楽しいなんて知らなかった。あの夜の時間とは違い悲しみなど一欠けらもなかった。

今日1日のことを回想してみる。

もしかしたら、世間一般的なデートとはどこかずれていたかもしれないが、俺たちは俺たち。とても良い一日を過ごせたと思う。


別れの場所が近づいていた。舞とはこの道の曲がり角まで一緒に帰る約束だった。

・・・この清清しい気持ちのまま帰りたかったが、一つだけ舞に聞かなくてはならないことがある。


「なぁ、舞、・・・今日も学校に行くのか?」


これだけは聞いておかなければならない。彼女の答えによっては今日また合うことになるかもしれない。


「・・・今日は行かない」

「そうか」


俺はそれ以上言わない。舞が行かないと言っているのだから、俺はその言葉を信じる。だから、もうその話はどうでもいいことだ。


「舞、またデートしような」

「・・・楽しみにしてる」


俺たちは小さな約束を交わし、お互いに優しい微笑を浮かべ、


「それじゃ、またな、舞」


「うん、祐一」





それぞれの帰路へとついた。


















どうかいつまでもこんなありふれた幸せが続きますように。



















叶わない思いだと知っていても、願わずにはいられなかった。





























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