「・・・祐一さん、舞、お弁当がまだ残ってるから食べましょう」
佐祐理さんは涙の跡をハンカチで拭きながら言う。彼女の目は真っ赤だった。
「そうですね、せっかくの佐祐理さんの美味しい料理が冷めてしまいますからね」
「あはは、祐一さん、お弁当だから最初から冷めてますよ」
「あっ、そうでした・・・」
「祐一さんは優しいですね」
「え?」
佐祐理さんが少し顔を赤らめながら何かを言っていた。
「あはは、何でもないですよ」
「そうですか」
俺はただそれだけしかいわない。
それで十分だから。
そして、俺たちは食事を再開した。
伝わる想い 第十七話「ある土曜の放課後」
Written by kio
「ごちそうさまでした」
「・・・ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
俺と舞のごちそうさまにやさしく母性的な笑顔で佐祐理さんが答える。
「ところで、祐一さんはこの後どうするんですか?」
手際よく重箱を布で包みながら佐祐理さんは訊ねる。
「ええと、商店街にでも寄ってから帰ろうと思います」
たぶん、このまま真っ直ぐ水瀬家に帰ったとしても余計なことを不必要なまでに考えてしまうだけであろう。加えて、ここ数日間の俺は精神的に大分参っていた。そう考えると商店街で気晴らしをする方が良いに決まっている。
「それなら、佐祐理たちもご一緒してもよろしいですか」
特に断る理由はない。
「え、ええ、別に良いですけど」
ただ、いきなりだったので少し戸惑ったが。
「舞も良いよね」
「(コクン)・・・私は祐一の彼女だから」
うわ、この人はまだそんなことを言っている。あれは舞の誤解だって言っているのに・・・
「あはは、舞、私も祐一さんのことは好きですよ」
佐祐理さんがさらりと凄いことを言ったような気がした。
「・・・は?」
俺のことが好き、今、佐祐理さんがそんなことを言わなかったか?
「六年前から、・・・名前は知らなかったけど、好きでした」
佐祐理さんの頬が今日一番の赤さを見せる。・・・もしかして、これは告白なのか?いや、間違いないだろう。
「だから、今日から私と舞は恋のライバルです」
「・・・佐祐理さん、今、何と?」
舞に宣戦布告?しかも俺をかけて。・・・それ以前に俺は会話に全然ついていけないのだが。
「祐一さんの心を私は奪っちゃいます」
「・・・佐祐理には負けない」
佐祐理さんは嬉しそうに、舞はいつもの無表情で告げる。
・・・でもな、普通はこう言うことは少なくとも本人の前で言うことではないよな。
俺は2人の話を張本人でありながら、何故か第三者のような気持ちで聞いていた。
「舞、勝負ですよ」
「(コクン)」
なにやら、2人のお姉さん達は燃えていた。
ここはゲームセンター。結局あの後、俺のことを好きとかいう話はうやむやになり、商店街に行く話へと姿を変えていた。・・・そのことになんとなくほっとしたのは俺だけの秘密だ。
どういう話の流れかは分からないが、舞と佐祐理さんはゲームセンターに言ってみたいと言い出し、今に至るわけである。
「くまさん・・・かわいい」
舞はゲームセンターについて早々、外に設置してあるクレーンゲームのくまのぬいぐるみに目を奪われていた。
「かわいいですね」
「・・・あのくまか」
佐祐理さんの目線を追う。そこには茶色のもこもことしたくまのぬいぐるみが鎮座していた。
「よし、俺が取ってやるよ」
「・・・本当?」
「ああ」
舞は顔を輝かせて俺を見る。
普段の彼女に比べると驚くほど、今は感情を表に出しているように思えた。もっとも、知らない人が見れば無表情にしか見えないのは変わらないが。それでも俺はそれが嬉しかった。
俺は百円玉を一枚取り出し、ゲーム機に入れる。
丸い1と書かれたボタンを押す。
「あ、動き出しました」
佐祐理さんは動いているクレーンを興味深げに見ている。そう言えば、舞も佐祐理さんもゲームセンターは初めてだと学校で言っていたような気がする。
1ボタンから指を離して、2ボタンを少しだけ押して離す
そして、クレーンはゆっくりとくまの元へ降りていく。
「くまさん・・・」
舞ははらはらしながら見ている。何となく彼女の心臓が聞こえてきそうである。
うぃーん
クレーンが降りたときと同じようにゆっくりと上っていく。そこにはちいさな紐が確かに引っかかっていた。
「・・・くまさん・・・」
舞は本当に真剣な表情でそれを見ている。
うぃーん、がこっ
くまのぬいぐるみが景品口か出てくる。
「ほら、くまのぬいぐるみ」
「・・・ありがとう、祐一」
舞は俺から受け取ったぬいぐるみをぎゅっと抱いて、お礼を述べる。・・・本当に嬉しそうだ。俺もとった甲斐があるというものだ。
「あ、舞良いな・・・」
小さい声で佐祐理さんは呟く。彼女はものほしげな目で舞の手にあるぬいぐるみを見つめていた。
「はい、佐祐理さん」
「え?」
そういって、俺は白いうさぎのぬいぐるみを佐祐理さんに渡す。
俺は佐祐理さんが舞のぬいぐるみに視線を奪われている最中にこっそりとクレーンゲームに挑戦していたのだ。
「・・・ありがとうございます」
佐祐理さんは満面の笑みを浮かべていた。
2人とも凄く満足げで、俺は自分の頬が緩むのを感じた。
良かった、二人に出会えて。俺は心の中が幸せに包まれていくのを感じた。
「あら、相沢君」
この瞬間までは。
美坂香里がいつもの静かな雰囲気を携えて、俺を見つめていた。
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