自分の気持ちを伝えたかったら手紙を書けばいい。
無理だよ
でも、伝えたいことがあるんだろ
・・・うん
なら、書こう。手伝ってあげるから
うん
伝わる想い 第十五話「昼食」
Written by kio
「お口に合いますか?」
俺がいくつかの料理を食べ終わったのを見計らって、佐祐理さんが訊ねてくる。ちなみに佐祐理さん持参の弁当を俺と舞は食べていた。・・・しかも、階段の踊り場で。彼女の弁当は重箱に入っていて、軽く5人前ぐらいはありそうに思える。まあ、舞が凄い勢いで食べているので残り物がでる心配はなさそうだが。
佐祐理さんは出会ったときと同じようにニコニコ笑っていたが、どことなく緊張しているように見える。
「あ、はい。物凄くおいしいです」
佐祐理さんの料理はプロの料理人がつくったと言っても誰も疑わないのではないか、と思えるほどに素晴らしかった。。何しろ俺の叔母の秋子さんと同じぐらい美味い料理をつくっているのだ。本当に凄いと思う。
「あはは、祐一さんはお世辞がお上手ですね」
佐祐理さんは俺の言葉をお世辞だと思っているらしいが、そんなことは絶対にない。
「いえ、本当のことですし」
「ありがとうございます」
一瞬にして、ニコニコ顔がさらに明るい笑顔で彩られる。俺がどう答えるのか心配だったらしい。・・・年上の女性に失礼かもしれないが、その様子はとても可愛らしく見えた。恐らく、それが彼女の魅力の一つなんだろうな、と思う。
一方、舞は元々が無口なのに今は弁当を食べることに夢中になって、一言も発していない。その様子はやはり『もぐもぐ』という擬音がピッタリに思える。
何となくそんな舞を眺めてしまう。
夜、魔物と戦っている舞に夜食を持っていったときも、彼女は食べるのに夢中になっていた気がする。案外、舞は食い意地がはっているのかもしれないな。そんなことを考えながら舞を見ていると、舞の横、俺の正面に座っている佐祐理さんと目が合った。ん?何となく佐祐理さんの顔が赤いような気がするのは気のせいか。
「あの、祐一さん」
「何ですか」
頬が若干赤いのが気になるが、わざわざ聞くことじゃないよな。
「祐一さんと舞って、付き合っているんですか?」
「ぶっ!・・・さ、佐祐理さん」
いきなりとんでもないことを聞かれて、俺は思わず吹き出してしまった。・・・口の中にものを入れてなくて良かったと、場違いなことを考えてしまう。
「はえ?何かおかしいことを言いましたか」
この人は素で言ったらしい。
「俺と舞はですね、ただの・・・」
否定する言葉を告げようと思ったが、もしかしたら佐祐理さんが俺のことをからかっているのかもしれない。だから、俺は彼女の言葉にわざと乗ってみることにした。
「恋人です」
「え!やっぱりそうなんですか」
佐祐理さんは言葉でこそ驚いた風に言っているが、俺から見ると全然驚いているようには見えない。
「そうなんですよ」
「それじゃ、結婚式はいつにしましょうか」
「へっ?」
結婚式?
「たぶん、舞にはウエディングドレスが似合うと思うんですよ。ですから式は教会の方が・・・」
「あの、佐祐理さん?」
何か話が物凄い方向に向かっているような気が。
「あ、でも祐一さんが学校を卒業するまで待ったほうがいいですよね」
絶対に佐祐理さんは俺の言葉を信じている。おそらく疑うなんてことを知らないのだろうな。
そう言うわけで、佐祐理さんは俺の言葉を頭から信じて、一人、盛り上がっていた。
「・・・タコさん、おいしい」
舞はそんな俺と佐祐理さんのやり取りなど気にしないで、タコさんウインナーを食べていた。
「舞と祐一さんはラブラブですね〜」
とりあえず佐祐理さんを止めないと。
「さ、佐祐理さん、実はさっきのは嘘です。信じないで下さい」
「そうなんですか?」
何故か佐祐理さんは残念がっているように見える。
「はい、そうなんです。な、舞」
何となく舞に振ってしまった。
「・・・・」
箸をピタリと止めて舞は俺をじっと見つめる。
「あの舞さん?」
舞に見つめられるのが恥ずかしくて、顔を背けたくなった。
「・・・祐一は私の彼氏」
「!!なっ・・・」
想像もしていなかった言葉を言う舞。・・・舞が俺を彼氏?つまり恋人同士と言いたいのか。いや、間違いなく俺と舞は付き合っているような関係じゃないはずだ。
「やっぱり祐一さんと舞はラブラブなんですね〜」
佐祐理さんもやっぱり女の子。そう言う話が好きらしい。・・・じゃなくて、
「舞、本気か?」
「(コクン)・・・祐一と約束した」
約束・・・確かにした。でも、どうしてあれが恋人どうこうの話になるんだ。
「いつまでも2人は一緒、祐一がそう言った」
・・・今、他の人から直接聞かされるとそれはまさしく
「きゃー、告白ですね。祐一さん・・・えっ?」
「冷やかさないで下さい、佐祐理さん」
困ったような笑いを浮かべて俺は言う。
佐祐理さんが最後に何かを言ったような気がしたが俺にはそれを気にするだけの余裕がなかった。
「あ、あれは子供の頃、言ったことで」
俺の説明はもうしどろもどろだった。
「・・・祐一、嘘だったの」
舞の視線は俺を責めていた。
「そ、それは違うが」
「なら私の恋人」
ここで佐祐理さんがまた何かを言うと思ったが、それはなかった。
そして、俺はようやく佐祐理さんの変化に気がついた。彼女の笑顔がなりを潜めて、真剣な表情になっていた。それでいて彼女が今にも泣きそうに見えた。先ほどまで気付かなかったが、佐祐理さんは俺の顔を穴があくほど見つめていた。そして、小さく何かを言うように口を開いたり、閉じたりしていた。
「どうしました、佐祐理さん?」
やはり佐祐理さんは俺の顔をじっと見ている。だが、その様子に不安を覚える。それは舞も同じだったらしく心配そうに佐祐理さんを見つめている。
「ゆ・・い・・・・んは、祐一さんは一弥、倉田一弥という名前に覚えがありますか」
震える声で佐祐理さんは告げる。
「倉田、一弥・・・」
噛み締めるように俺は言う。
「祐一さん、あなたはもしかして・・・」
・・・そうか、佐祐理さんはあの時の・・・
俺の記憶の中で何かがよみがえろうとしていた。
川澄舞編・上 終
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