「栞、お前に俺の何が分かるんだ」
「え?」
俺のいつもとは違う低い声と言葉に彼女は呆然としている。
「何を知っているというんだ?出会って、たった数日じゃないか。ああそうだよ、俺はお前を殺そうとしている。自己満足のために」
「祐一さん・・・」
悲しそうな栞の声。だが、俺の言葉は次々に発せられていく。
「お前に生きる希望を与えた?そんなのはただの一般論を言っただけだ。俺の目覚めが悪くないようにそうしただけだ」
「ゆういちさん、うそですよね」
それでも栞は俺のことを信じようとする。
「まだ分からないのか?そうだ言ってやるよ、俺はお前のことが嫌いだ。一緒に居るだけでも苦痛だ」
「そんな・・・」
「お前に泣かれるのも気分が悪いから付き合っていたらこれだ・・・やれやれ」
「あなたね、いい加減にしなさい!!」
栞を俺の口から納得させるため、今まで黙っていた香里が耐え切れず、怒鳴る。
「今まで栞を拒否していた奴に言われたくない」
香里の心の傷にわざと触れるように言う。
「・・・私は栞のことを、もう拒絶なんかしない。栞は私が守る。あなたなんかに・・・」
決意。彼女の言葉には確かにそれが感じられた。
「そうか。・・・それじゃ、もう俺はこいつの面倒を見なくても良いよな?」
呆然としている栞に一瞬、視線を向けて香里に確認する。
「だれが、あなたなんかに栞のことを」
「ふう、これで肩の荷が下りたよ。ああ、清清した」
香里の言葉を遮り、俺はさもその言葉を当然のように言う。
ゆっくりと栞に視線を向ける。
「もう、お前と会うこともないな」
「ゆ、ゆういちさん・・・」
彼女は本当に泣きそうだった。だが、泣いていないのは彼女の見せる強さからか。
俺は背を向け、公園を去ろうとする。
「うそだといってください、今いったことは全部うそですよね」
栞の懇願するような弱々しい言葉が俺に掛けられる。
「本当だよ」
振り向くことなく答える。自身の声には何の感情も無い。
そして、俺は歩き出す。
「うぅ・・・ぅ・・・」
栞の泣き崩れた音が聞こえたような気がした。
伝わる想い 第十四話「放課後の出会い」
Written by kio
土曜日の午後。
俺は放課後だと言うのに当てもなく校内を歩いていた。
今日、美坂香里は欠席をした。俺がこの学校に転校してきてから二度目である。・・・そして、その原因に二度とも俺が関わっている。全ては美坂栞を中心として回っている出来事。だが、昨日でようやく決着がついた。・・・あまりにも後味が悪く、辛い決着のつけ方だったが。
あの姉妹には本当に悪いことをしてしまったと思う。俺の言葉が彼女たちの心を踏みにじってしまった。加えて、何も関係のないはずの人にも迷惑をかけてしまった。・・・まったく俺は何をやっているんだか。
俺は少し身軽になった心と自己嫌悪を抱きながら、職員室前の廊下を歩いていた。ただ、闇雲に歩き続けた結果として、辿り着いた場所。ただそれだけだ。目には恐らく職員室の廊下という映像が映っているのだろう。だが、俺はその映像のほとんど認識出来ていなかった。辛うじて、そこが職員室の廊下に似ていると記憶が言っていただけだ。俺はそんな状態になるまで心が疲れていた。
そんなわけで、目の前に立っている人のことを認識できるはずもなく。
ごんっ
「きゃっ」
「!?あ、すいません」
何とか、ぶつかった人が倒れる寸前に両腕を使って支える。
思いっきり、目の前に居る人にぶつかってしまった。そう言えば栞に初めて会ったときもこんな感じだったような気がする。・・・彼女のことを思い出すたびに心が痛む。今更ながら自分の心に大きな穴があいていることに気付いた。
いや、そんなことを考えるよりも目の前の女性に謝らなくては。
「あの、大丈夫ですか?」
「あはは、佐祐理は大丈夫ですよ」
そう言って、彼女は自然な動作で俺の両腕をやんわりと解く。
・・・良かった。大丈夫だったようだ。もしも怪我なんかさせたら大変なところだった。
その女性は栗色のロングヘアーで制服には紺色のリボンしていた。笑顔の似合う素敵な女性だった。リボンの色から察すると上級生であろう。
「ええと、佐祐理先輩。よそ見していてすいませんでした」
重ねて佐祐理先輩に謝る。すると彼女はちょっと困ったような笑顔を浮かべて、
「あはは、そんなにかしこまらなくてもいいですよ。佐祐理のことは佐祐理と呼んでください」
「それじゃ、佐祐理さんでいいですか?」
「はい、佐祐理はそれでいいですよ」
「あ、俺は相沢祐一と言います」
相手の名前だけ知っているのは不公平だからな。
「祐一さんですね。私は倉田佐祐理です。よろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそ」
倉田佐祐理さんか・・・?
何か違和感を覚えたが、何故なのか分からない。・・・気のせいだな。
「祐一さん、今お暇ですか?」
・・・頭の中と心は一杯一杯の俺だが、今の状況は他の人から見れば暇な人間に見えるのかもしれない。だがら、俺は第三者からの視点で答える。
「え、ああ、暇と言えば暇です」
「お食事は済みましたか?」
「いえ、まだですが・・・」
この人は何故こんなことを聞くのだろうか。
「それじゃ、佐祐理と一緒にお昼を食べませんか?」
「・・・はい?」
今、何とおっしゃいましたか?
「今友達を待っているので、少しだけ待っていてもらえますか」
「・・・・」
俺は何故初対面の人に食事に誘われているんだろう。予想外の展開に俺は答えを返せずにいた。
「あっ!」
佐祐理さんの友達が来たのだろう、彼女の笑顔がさらに明るくなったような気がする。
「舞〜、こっちこっち」
佐祐理さんは元気に手を振る。友達の名前は舞というらしい。って・・・舞?
「ごめん、佐祐理、遅れた」
「あはは、気にしないでいいよ、舞」
・・・川澄舞先輩がそこに居ました。ええと、川澄舞さんはどうやら先輩だったようです。そう言えばリボンの色が佐祐理さんと同じ紺色ですね。何となく同級生だと思っていましたよ。幼馴染だし。でも、よくよく考えてみると、同学年だったら一度ぐらい顔をあわせるはずですからね。
・・・って、何で俺は微妙に敬語になっているんだ?そんなに動揺したのか、俺?
「・・・祐一!?」
「よう、舞」
舞は俺の存在にやっと気付いたらしい。幾分かあの仏頂面を驚きの色に染めている。
「あれ?舞、祐一さんの知り合いですか」
「(コクン)」
舞は首を佐祐理さんの質問に答えると、俺のことをじっと見る。・・・なんか『本物なのだろうか?こいつは』と言っているように見えて嫌だ。
「どうして祐一が居るの」
「まぁ、同じ学校内だし居ても不思議じゃないだろ」
とりあえず、もっともらしいことを言ってみる。
「・・・そうかも」
あっさりと舞は納得してしまった。まあ、舞だしな。
「それじゃ、お弁当を食べにいきましょうか」
「・・・え?」
今、何の脈絡もなかったよな。佐祐理さんのマイペースに少し戸惑いを覚える。
「祐一、一緒に行く」
「お、おい、舞」
舞はと言うと、そんな佐祐理さんに慣れているのか既に準備万端という様子だった。
俺は舞に引きづられ、結局、何故か上級生2人と昼食を共にすることになった。
俺はまだ自身の心の変化に気付いてはいなかった。
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