「まだ、お前は戦っているんだな」



舞は無言で頷く。



「・・・俺のせいか?」



「違う!祐一は悪くない。ただ、私が弱かっただけ」



「それでも、俺のせいだよ」



「祐一・・・」



ただ、沈黙だけが2人を包む。



































伝わる想い 第十二話「思い出とおにぎりと」

Written by kio









俺は昨日と同じように校内に入り込み、舞を見つける。


「よう、舞」


俺は軽く右手を挙げて挨拶をする。舞は昨日と同じような姿勢で剣を携えながら、廊下に立っていた。美人だからだろうか、暗闇の中の彼女の姿は怖いぐらいに絵になっていた。


「・・・よう、祐一」


数秒の後、舞は俺にあいさつを返す。・・・うむ、どうも舞はレスポンスが悪くて駄目だな。もっとこう、俺が『よう、舞』と言ったら、『あはは〜、こんばんわです、祐一』とか言えないもんかな。


「なあ、舞」

「??」


俺の脳内で自己完結していることを問われて、舞は不思議そうに俺を見つめていた。端からみれば彼女は無表情のままに見えるかもしれない。だが、ここは長年の付き合いというか、幼馴染だというか、俺には彼女の表情の変化が分かる。・・・何となく、自慢だ。


「それはそうと、今日は差し入れを持ってきたぞ。おにぎりだが好きか?」

「おにぎり、嫌いじゃない」


俺が持ってきたのはいわゆる夜食という奴だ。時間的には深夜に後数時間という時間なので、あまり食事をするのは好ましくないかもしれないが、まあ、舞は嬉しそうなので気にしないことにしよう。


「そうか、良かった。そのおにぎりは秋子さんの手作りだから、味は保障するぞ」

「・・・秋子さんって誰?」


そう言えば舞は会ったことがなかったな。


「ん、俺が今お世話になっている家の家主さんだよ。まぁ、叔母なんだがな」

「・・・おにぎり、おいしい」


聞いてないよ、この人。舞はぱくぱくと一心不乱におにぎりをほおばっていた。まったく、何にでも一生懸命な奴だな。


「ところで、お前ってこんなに無愛想な奴だったか?」


昨日からどうも気になっていたことを口にする。


「祐一、失礼」


舞はおにぎりを食べるのを中断して、俺を少し睨んでいる。・・・微妙に怖いぞ。

でもな、7年前は仕方がなかったとしても、8年前はこんな奴じゃなかったような気がするんだが。なんと言うか、むしろ逆に明るい少女だったと言う記憶が俺の中にはある。


「剣士は無口な方が格好良いって、祐一が昔、言ってた」


ぐあっ、そんなこと覚えていないぞ。


「だから、無口なのか?」

「・・・(コクン)」


つまり、俺のせい?なんとなく責任を感じる俺だった。

そう言えば、舞は自分のことをさっき剣士と言っていたような。確かに彼女はどこから入手したのかは分からないが、鈍く光る西洋刀を手にしていた。

・・・そうか、俺は重大なことを忘れていたよ。舞は今も一人で、


「魔物と戦っているんだよな」


独り言のような俺の言葉。だが、そこに秘める意味は深い。


「・・・私は魔物を討つ者だから」


舞は悲しげな瞳をしていた。それは魔物の正体を彼女は既に知っているからだろう。


「なあ、お互いに分かり合うことは出来ないのか?」

「無理。私はあの時に『彼女』を拒否してしまったから」

「・・・そうか」


舞は8年前、俺との別れを惜しむあまりに自ら『魔物』という存在を作り上げた。ただ、俺を引き止めるだけに幼い彼女が考えた精一杯の嘘、それが『魔物』だった。だが、舞はその嘘を現実にするだけの力を持っていた。思えばこの時に俺が彼女を信じていれば、舞は普通の女性として生きてこれたのかもしれない。だけど、あの時俺は・・・


「祐一、自分を責めないで」


・・・そうだったな、舞は昔から俺の心の中を見抜くのがうまかったんだよな。舞はあまりも純粋すぎるから人の心を理解してしまう。それは悲しいことなのか、そうではないのか俺には分からない。でも、そのおかげで俺は彼女にいつも救われていた。あまりにも脆すぎる俺の心が。


「ありがとう、舞」


少し頼りないかもしれないが、笑顔で俺は言う。

舞はそんな俺を少し照れたように見つめる。だが、それも一瞬のことで彼女は真顔に戻り口を開く。


「祐一、私は何も後悔はしていない。魔物と戦うことも『彼女』と分かり合えないことも、自分が変わってしまったことも何も。・・・私は祐一と会えたから、それだけで私は十分だから」


俺は答えれない。気づいてしまったから。彼女の瞳の意味に。

信じたくなかったから。その皮肉な運命を。


「舞、お前・・・」


彼女は知っている。

己の命が長くないことを。

だが、それを知ってもなお、彼女は生きようとしている。

そう彼女の瞳は言っている。

彼女はゆっくりと口を開く。


「祐一、私は祐一に出会えてよかった」


何かを噛み締めるような、彼女の言葉が痛い。


「舞、そんなことは言うなよ。まるで今生の別れみたいじゃないか」


そうだよ、お前は生きようとしているんだろ。まだ、俺たちは再会したばっかりだろ。これから楽しいことだってたくさんあるはずだろ。


「それに誰がそんなことを決めたんだ」


俺は意図的に『死』という言葉を使わなかった。口に出したら、俺はその言葉に負けそうだったから。

でも、本当は分かっていた。舞が近いうちにいなくなることを。俺はそんなことを理解できてしまう俺が憎い。本当に憎かった。でも俺は必死に自分の心を隠す。舞には見られたくないから。・・・彼女は気づいてしまうかもしれない、無駄なことなのかもしれない、それでも俺は彼女に心配をかけないように心を偽る。


「あんまり変なことを言うと、俺も怒るぞ」


娘を叱る父親のような口調で、少し冗談めかして俺は言う。


「・・・ごめん、祐一」

「うむ、分かればよろしい」


俺は何故か舞の顔を正面から見れなかった。


「さあ、いっぱい食うぞ、おにぎり」


俺は近くにあったおにぎりを一つ掴み、口に運ぶ。

舞もそれを真似るように手をおにぎりに動かす。


「もぐもぐ」


見ると、舞は口いっぱいにおにぎりを詰め込んでいた。

こう言うところは昔とちっとも変わっていなくて、少し微笑ましく思う。


「おにぎり、うまいな、舞」


俺はおにぎりを一個一個味わうように口にする。

・・・うまいよ、本当にうまいよ。舞と一緒の食事は。


「・・・祐一、泣かないで」


俺は何故か涙を流しながら食べていた。


「ははっ、今日のおにぎりは少ししょっぱいな」















舞の強さが悲しくて、















舞のやさしさが愛しくて、















舞との別れが嫌で、















俺は涙を流していた。














































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