「・・・少し、時間をいただけませんか」



「・・・分かりました」



一気に与えられた様々な情報が彼女を混乱させているのだろう、と考え俺は承諾する。



「俺は3時になったらこの町を出ます。・・・それまではずっと駅に居るつもりです」



それだけを告げ、俺は折原浩平の家を後にした。



































伝わる想い 第十話「永遠の盟約 下」

Written by kio










・・・・


瑞佳の頭の中は完全に混乱していた。浩平は死んだ。それを認められない自分。相沢祐一という人間。自分を見通しているかのような彼の言動。預かりもの。死期を自覚していた浩平。患っていた病。そのことに気付いていた誰か。彼から自分に残されたもの。たった一つだけの未練。それを伝えるべき相手。・・・何もかも分からなかった。

いや、たった一つだけ、浩平の想いを伝えるべき相手だけは分かっていた。


(・・・七瀬さん)


浩平のもっとも大事だった人。彼の最後を見届けた人。だが、彼女は認めたくなかった。


(何で私ではなく、七瀬さんなの?)


長森瑞佳は人生の大半を折原浩平と共に過ごしてきた。毎朝、彼を起こして、走りながら学校に行って、遅刻寸前で教室に入って、それについて文句を言って、からかわれて、居眠りしている彼を気にして、掃除をサボろうとしているのを捕まえて、たまに一緒に帰宅する。・・・それが幼馴染としての自分と彼の日常だった。だが、彼の存在があまりにも空気みたいに当たり前だったがために気付かなかったことに最近気付いた。皮肉にも彼が死んだ後のことではあるが。彼女は自身が彼に恋心を抱いていたのを自覚した。始めは七瀬留美と仲良くなっていく浩平を見て、言い知れぬ不安を感じた。やがて、苛立ちを感じた。そのときはそんな自分の感情が分からなかった。・・・だが、浩平の死により、彼女はそれが留美に対する嫉妬であることを知った。


(私、・・・最悪だね)


瑞佳は七瀬留美を恨んでいる。自分から浩平を奪った彼女を。

浩平は留美に何かを届けようとして、相沢祐一に託した。その事実は浩平が自分よりも留美を大事に思っているかのように思えて、悔しかった。実際、浩平が一番大切な人として認識していたのは留美なのだろう、と彼女は考えていた。だから、自分は彼の一番でもないし、何も残されてもいない。

・・・だが、本当にそうなのであろうか?疑問が頭の中をよぎる。

「いえ、絶対に覚えがあるはずです。彼が死を迎える前に何かが」

不意に数時前の祐一の言葉がよみがえる。彼の言葉には確信に似た何かがあった。何故かそれは信じても良いような気がした。初対面の人間なのに、彼は信頼出来る、真実を言っている、そう彼女は感じていた。相沢祐一という人間に不信感を抱かない。それは彼の目があまりにも真剣だったからだろうか。それとも・・・理由は何であれ、彼女は彼を信じてみることにした。


だから、瑞佳は必死に過去に思いを巡らす。


そして、一つの記憶を思い出した。
























「・・・眠い」


ある日の夕方、私と浩平は珍しく2人で下校がてら商店街を歩いていた。


「浩平、授業中もずっと寝てたくせに、まだ眠いの」


全く呆れるよ、浩平には。毎日、あれだけ寝てるのにね。私は毎朝の浩平のやり取りを思い出してため息をつく。


「何を言っているんだ、長森。あれは寝ていたんじゃない、悟りを開こうと努力していただけだ」

「・・・浩平、お願いだから、私が幼馴染を止めたくなるようなことはしないでね」


浩平の屁理屈はいつものことなので、私は軽くあしらうことにする。


「失礼なやつだな。・・・まぁ、いい、俺はとりあえず寝る」

「でも浩平、ここ商店街の真ん中だよ」


いつものことだけど、浩平の言動は本当にわけが分からないよ。でも、私も長い付き合いだから何となく慣れてきた・・・気がする。


「むぅ、なかなかやるな、流石はだよもん星人だ」

「なにがやるのかは知らないけど、私、だよもん星人なんかじゃないもん」


浩平は私の言葉の語尾に「だよ」と「もん」が多いことから私をたまに「だよもん星人」なんて変なあだ名で呼ぶ。

そんなに私、「だよ」とか「もん」とか言ってるのかな?思い出してみる。『浩平、朝だよ』『起きるんだよ』『浩平にはしっかりした人が必要だよ』・・・・『だよもん星人なんかじゃないもん』、・・・私ってだよもん星人かも。その事実に気がつき私は少し呆然とする。


「ん、どうした長森」

「浩平、どうしよう、私・・・だよもん星人だよ」

「・・・・」


浩平はただ黙る。私には浩平がどうして何も言わないのか分からなかった。


「まさか、マジボケか?流石は長森だな」

「え?何か言った、浩平」


浩平はポツリと何かを言ったようだったけど、私には聞こえなかった。・・・気になるよ。


「さぁ、帰るか」

「いきなり、清清しい顔して言わないでよ」

「眠気も覚めたし、絶好の帰宅日和だな」


あからさまに私のことを無視してるよ。それに帰宅日和って・・・



でも、だよもん星人とか言われるのは嫌だけど、浩平とこんな風にふざけ合いながら一緒に帰宅するのは本当に楽しかった。いっそのこと、永遠に続いてもいいかな、とも思う。


「・・・ところでお前と帰るのも久しぶりだな」


商店街を抜けたところで浩平は足を止め、振り返る。どこか浩平の表情は大人びているように見えた。でも、照れを隠している子供のそれにも見えるから不思議だ。

いずれにしろ、私はそんな浩平を見たことがない。長い間、幼馴染をやってきたのに初めて見る表情だった。・・・嬉しかった。私の知らない浩平を知ることが出来て嬉しかった。それはやっぱり幼馴染だからかな?


「近頃はあいつとばっかり帰っていたからな。・・・なんか久しぶりって感じがしてな」


浩平の言葉に何故か胸が痛む。どうしてなんだろう?ただの世間話みたいなものなのに。でも、浩平が『あいつ』と七瀬さんのことを呼ぶのは何となく嫌だった。
確かに最近、浩平と七瀬さんは私から見ても仲が良い。だから、親しげにあいつと呼ぶのも分かる。
それに『浩平にはしっかりした人が必要だよ』と私は、浩平が変なことをする度にそう言い続けてきた。だから、浩平にとって良いことなんだよ。事実、その言葉は私の本心だったし心から望んでいることでもあった。でも、現実に七瀬さんというしっかりした人が浩平にできてみると・・・

え?私は何を考えているの。自分の今の思考が信じられなかった。これは嬉しいことのはずなのに、どうして・・・どうして、私は

『七瀬さんなんか、居なくなればいい』

なんて思うの。


「どうした、長森」


私が急に無口になったから、心配してくれているのだろう。


「・・・なんでもないよ」


そっけない口調、私は自身への疑惑を浩平に知られたくなかった。ましてや、それが七瀬さんのことだなんて。


「そうか、ならいいけどな」


浩平は何も追及はしてこなかった。仮にそんなことをされていたら、私は浩平の目の前でどんなひどいことを言っていたのだろうか。


「あとな・・・悪いな」

「え?」


浩平はあさっての方向を見ながら言う。どことなく照れているようにも見える。

でも、どうして浩平がそんなことを言うのか分からなかった。


「いや、だってな・・・」


浩平は私からあからさまに目をそらして、


「・・その・・気を使って・・くれてるんだよな」


浩平は恥ずかしそうに、言葉をつまらせながら言う。

違う。違うよ浩平。・・・でも、私は何が違うのかは分からない。浩平のその様子を見たらそう言わなくてはならない気がしただけ。だが、言葉にはしない。

確かに私は普段、浩平と七瀬さんに気を使っている。でも、その度に私は痛みを覚える。どこなのかは分からないけど、痛みを感じる。これは何なの?どうしてなの?苦しいよ。

(もう、訳が分からないよ)

混乱。私は自分自身が分からない。内に潜む何かが爆発しそうな、そんな感じを覚える。


けれども、そんな私に気付かないまま浩平は続ける。


「だからな、長森、・・・お前には感謝しているよ」


え?浩平、今なんて言ったの。


「なんて言うかな、その、改まって言うとなんか恥ずかしいんだがな、毎日、起こしてもらってるし、学校でも世話掛けっぱなしだしな・・・ほんと、何て言うか・・・」


やっぱり浩平は目をそらしたままだったけれど、その真摯な気持ちが私の中に染み渡ってくる。


「ありがとな、長森」


今まで感じていた不快感の塊のような感情が嘘のように消え去っていく。・・・よくは分からないけど、私、今幸せだよ。どうしてなんだろう?


「ど、どうしたの浩平?いきなりお礼なんか言っちゃって」


少なくとも私は今まで浩平に「ありがとう」なんて言われたことはなかった。それ以前に浩平の口からその言葉が出てきたことに驚いた。私の知っている浩平はそんなことは思っていても絶対に口には出さないタイプだからだ。失礼だと分かっていても、そう考えてしまう。


「・・・実はな、俺、あいつに告白しようと思うんだ」

「え?]


突然の言葉に私は耳を疑った。浩平が告白?七瀬さんに?


「だから、その、・・・
一番仲の良い友達の・・・お前に、相談しようと・・思ってな」


私は今度は聞き逃さなかった。浩平は確かに私のことを『一番仲の良い友達』と言ってくれた。・・・ありがとう、浩平、私うれしいよ。


「ねぇ、浩平、私たちこれからもずっと一番仲の良い友達だよね」


「ぐあっ、聞こえていたのか?」


「当たり前だよ、それでどうなの?」


ドキドキしながら浩平の答えを待つ。


「・・・そうだな。お前とは幼馴染で腐れ縁で・・・その、俺はこれからも、親友でいてほしいと・・思っている」


歯切れは悪いながらも浩平は答えてくれる。今までの浩平だったら絶対に言わないことを言えるようになったのは、たぶん七瀬さんの影響だと思う。私が浩平の告白の相談を聞かなくても二人ならきっと良い恋人になれるよ。・・・そして、私はそんな2人の良い親友でいたいな。心からそう思う。だから、


「約束だよ?」


「・・・ああ」


私たちは一つの小さな約束をした。
























「はあっ、はあっ、ぅ・・・はあっ」


私は走っていた。あの人に伝えなければいけないことがあるから。

私は浩平との大切な思い出を思い出していた。どうして忘れていたのかは分からない。でも、思い出せて本当に良かった。もう、七瀬さんのことは恨んでなんかいない。むしろ、私は彼女に謝らなければいけない。浩平についても完全にではないが、自分の気持ちに整理がついたような気がする。


「どこ、どこにいるの」


3時7分。電車が出発しようとしている。彼の言った時間は既に過ぎていた。それでも私は探す。



偶然か必然か、私は相沢くんらしき人を電車の中に見つけた。でも距離が遠い。私が全力で走っても間に合わないかもしれない。


だけど、私は諦めずに走る。同時に自分の持てる限界まで声を発する。


「相沢くん、私、思い出したの、浩平との会話を・・・」


息が切れる。足がもつれそうになる。それでも私は彼に自分の声が伝わることを祈り、言葉を紡ぎ続ける。


「はぁっ、はあっ・・だから、私は・・あなたに、伝えることが・・・」


電車は徐々に速度を上げて、発車する。


「あなたが届けるべき相手は・・・」


私は浩平の想いを伝えるべき相手の名前を告げる。




だが、無常にも彼は私に最後まで気付くことはなく、この町を去っていった。


私は力が抜けたかのようにその場にしゃがみこむ。冬だというのに服が汗でびっしょりになっている。


「・・あいざわくん・・・」


「・・・ごめんなさい・・・そして、ありがとう」


私は静かに涙を流した。

























「ごめんな、長森さん」


相沢祐一は一人電車の中で彼女に詫びていた。自身の言葉が彼女の心に深い傷をつけた、彼はそう思っていた。


だが、彼はその言葉が彼女に立ち直る力を与えたことを知らない。


静かに窓越しの流れゆく風景を眺める。


彼の目にはこの町はどのように映っていたのだろうか。


悲しい瞳と共に彼は町を去った。
























「3学期に転校なんて、お互い大変だよな」


真新しい制服に身を包んだ男子生徒は同じように真新しい制服の女子生徒に話し掛けた。


「そうですね」


その女子生徒は誰にでも好かれるような、笑顔、どちらかと言うと苦笑いか、を浮かべて答えた。


「やっぱりそうだよな。・・ん?そう言えば自己紹介してなかったな、俺は相沢祐一、これからよろしく」


その男子生徒も笑顔を浮かべて自己紹介をする。


「あっ、こちらこそよろしくお願いします。私の名前は・・・」

























そして、相沢祐一は転校地で七瀬留美と出会う。

























長森瑞佳編 終













































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