伝わる想い 第九話「永遠の盟約 上」
Written by kio
(・・・この人は違う)
祐一は直感的にそう判断した。彼は一つの目的のためにこの町を訪れた。それは手紙を届けること。もう、この世には存在しない者から託された手紙を。だが、彼はそれを誰に届ければ良いのかは知らない。そのため差出人が長年住んでいた町を訪れた。そこならば受取人にあたる人がいると考えたからだ。そして、ある知人から折原浩平とその幼馴染について聞いていた。
(さあ、どうするかな)
現在、自分がおかれている状況を確認して、心中でぼやく。目の前では一人の女性が涙を隠そうともせず、こちらを見上げていた。目の焦点は合ってはいない。顔には心なしか落胆の色がうかがわれる。彼女の視線は祐一を見ているだけであって、認識しているわけではないだろう。だから、彼はとりあえず彼女を自分と会話できる状態まで持っていくことにした。
「・・・折原浩平」
手紙の差出人であり、目の前にいる少女の幼馴染であった青年。彼はその名を小さく呟く。それこそが、彼女が現在囚われているものであり、彼女の興味の全てであることは簡単に見て取れた。すると目の前の女性が微かに彼の言葉に反応した。次第に焦点も合ってくる。
「・・・あなたは誰なんですか?」
開口一番、掠れたような声で彼女、長森瑞佳は尋ねる。どうやら、祐一の考えは正解だったらしい。
「俺は相沢祐一」
「・・・相沢祐一さん・・・」
彼女の思考はまだはっきりとしてはいないのだろう、ただ祐一の名をそのまま呟くだけである。だが、一応は会話の出来る状態になったと彼はふんで、話を切り出す。
「長森瑞佳さん、あなたと少しお話したいのですが」
我ながら他人行儀過ぎる言葉に祐一は苦笑いをする。
「あの、私に何の用でしょうか?」
「折原浩平のことで」
「浩平・・・ですか」
「ええ、彼が事故に遭ったと聞いたものですから」
「浩平の知り合いなんですか?」
「・・・少し、縁がありまして」
彼女は少し思案したが。
「・・・下でお話しませんか」
彼女はまだ事態を完全把握できていないようだったが、そう言って、一階の客間に祐一を連れて行く。その途中、彼は後ろから彼女の少し赤みがかったロングヘアーを見て、ほんの一瞬だが、何かを思い出していた。
(・・・似ているな)
それは誰に対しての言葉だったのだろうか。
「少し、待っていてください」
長森さんは俺にそう言うと、台所と思しき場所へと向かっていった。お茶か何かの飲み物を用意してくれているらしい。正直、暖かい飲み物を用意してくれれば良いな、と思った。俺は自慢じゃないが寒さには弱い。さっきまでそれなりの時間廊下にいたのだ、体が完全に冷えていた。
しばらく経つと、長森さんは白い湯気が立ち、良い香りのするティーカップを二つ持ってきてくれた。そのうちの片方を俺の方に置く。香ばしい豆の匂いがする、コーヒーだろう。
「すいません」
「いえ、気にしないで下さい」
そう言って彼女は俺の対面側に腰掛ける。
それきり2人の間を沈黙が支配する。まぁ、当たり前といえば当たり前なのだが。見知らぬ人同士がテーブルを挟んで向かい合っている。考えれば変な光景だ。こうしていてもきりがないので俺は彼女に話し掛けることにする。
「「あの」」
お約束なのか何なのか、俺と彼女の声は見事なほどに被ってしまった。何となく気まずい。
「相沢さんは、・・・浩平とどのような関係で」
とりあえず長森さんが話し出してくれる。・・・質問の内容は俺にとって非常に答えにくいものであったが。
「・・・どう言えばいいんでしょうね」
それはどうしようもなく本音だった。手紙を預かっている。それが俺と折原浩平との関係の全てだ。だが、それを言っても信じてもらえるものでもない。加えて、これは極力、受取人以外には知ってほしくないことでもある。そういうわけで、俺は答えに詰まる。
「あっ、気にしないで下さい。私が聞くようなことじゃないと思いますし」
気を使ってくれているのだろう。俺の沈黙に対して、長森さんはあたふたとそんなことを言う。
「ぷっ」
俺は思わず吹き出した。別にそんなに面白いことではなかったが、何となく彼女のその慌てる様子が俺のつぼを直撃した。
「えっ?・・えっ?・・・どうかしましたか?」
「あ、いや、何でもない。気にしないでほしい」
長森さんは訳が分からず、俺を見ていた。それがまた笑いを誘うが、それは置いておく。
「それより、本題に入ります。いいですか?」
俺は真顔に切り替えて、彼女に同意を求める。その変化を感じたのか彼女も真剣な顔つきでコクリと首を振る。
「折原浩平に親しい人物を教えて頂けませんか?」
「・・・あの、どういうことなんでしょうか?」
確かに脈絡もなく単刀直入過ぎたかもしれない。
「実は生前、折原浩平から預かっているものがあるのですが、誰に届ければいいのか分からなくて・・・」
「浩平は死んでなんかいません!!」
俺の言葉を、突然、長森さんが強い口調で遮る。
「え?」
予想もしていなかった彼女の変化に俺は少し戸惑いを覚える。
「死んでなんかいないです」
「浩平は生きています」
「きっと浩平は・・・」
それらの言葉に俺は彼女が今、どこに生きているのか理解したような気がした。彼女の感情は折原浩平が生きているという、ありえない希望、もしくは現実をどこかで認めてはいるものの心ではそれを拒絶していると言った、矛盾、に支配されている。
「・・・死を認められない、と言うことですか?」
呟くように、だがはっきりと俺は言う。・・・静かに自身の感情を見せないように。
「・・・・」
彼女のその沈黙を俺は肯定ととった。
「長森さん、知っていましたか?折原浩平の寿命はどのみち短かったことを」
「え?」
「彼は病を患っていたんです。どんな名医だろうが治せない病気に」
「そ、そんなの嘘です」
俺の言葉は確かに嘘が含まれている。だが、同時に真実も存在している。
「彼は誰にもそれを言わずに、隠していました。・・・いえ、たった一人、ある人には気付かれてしまったようですが」
俺はそのある人に折原浩平と長森さんのことを聞いた。とっても仲の良い幼馴染同士であることを。
「だから彼は少し逝くのが早くなりましたが、この世で自分が思い残すことがないように暮らしていたはずです」
「何を言っているのか分かりません!」
だが、俺はその言葉を無視して続ける。
「ですが、突然の事故のせいでたった一つだけ未練を残してしまいました。・・・いえ、たった一人にだけでしょうか。残念ながらあなたにではないようですが」
「わ、私は浩平に・・・」
何もされてはいない。そう言いたいのだろう。
俺は彼女の言葉を遮る。
「いえ、絶対に覚えがあるはずです。彼が死を迎える前に何かが」
彼女と彼はあまりにも身近に居過ぎた。だから、気付かない、何気ない出来事だったかもしれない。だけど、彼の残したものに気付いてほしい。でないと彼女はここから先に進むことが出来ない。
「そして、俺が預かっているものは、そのたった一人に彼の未練を、いえ、想いを伝えることが出来るかけがえのないものです」
それは手紙。真っ白なたった一通の手紙だった。
「だから、どうかあなたの知っている折原浩平を教えてくれませんか?」
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