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伝わる想い 第五話「動き出す物語」
Written by kio
水曜日の昼休み、俺はまた学校の中庭に居た。
「・・・どうして、お前が居るんだ」
「そんなことを言う人は嫌いです」
そこには昨日と変わらない私服姿で笑顔の栞が居た。
「体、大事にしろと言ったよな」
俺は確認する。
「はい、言いました。でも祐一さんに会えないのは寂しいです」
「でもな・・・」
俺は栞の言葉に少し照れたが、それはそれ。彼女の身体のことを考えるとここに長時間居ることは良いことではない。
そんな俺の心情を察したのか、
「大丈夫です。自分の体のことは私が一番理解しているつもりです。ですから心配しないで下さい」
確かにそれはそうかもしれない。だが、それでも俺は心配だよ。
「明日もここで待つつもりか?」
答えが容易に想像できる質問をする。
「はい」
笑顔で栞は言う。その笑顔に俺は弱かった。だから妥協案を提案する。
「はあっ、分かったよ。明日からは放課後に来い、それだったらいくらでも付き合うぞ」
恐らく栞はこのままにしておくと本気で毎日この中庭に来る気である。それはさすがに止めさせなければならない。
「本当ですかっ」
栞は俺の言葉に喜びの声を揚げる。・・・そんなにうれしいことなのだろうか。少し疑問は残るが
「ああ、本当だ」
とりあえずそう告げる。
「それじゃ、明日から放課後に学校に来ます」
「そうしてくれ」
放課後という時間帯を考えると今のように昼休みに会うよりも、比較的長い時間一緒に居ることが出来る。そのためか栞は本当に嬉しそうだった。
「何か、こういうのって恋人みたいですね」
栞は頬を軽く染めて言う。だが、俺は・・・
「・・・・」
「祐一さん?」
こんなところで栞にいらない心配を掛けさせる必要はない。
「よし、何か買ってくるか。栞は何がいい」
俺はわざとらしく話題変換をする。それはどうやら正解だったようだ。
俺の言葉に栞は満面の笑みで
「バニラアイスをお願いします」
と答えた。
「はいよ、バニラアイス」
少しどこかの店のおばちゃんのような口調で俺は栞にカップのバニラアイスを渡す。
「ありがとうございます」
さて、俺の手には何故かもう一つカップアイスがある。気の迷いで俺もアイスを食べることにした。何と言うか栞を見ていると無性にアイスが食べたくなった。ちなみにビターチョコのアイスだ。それを木のスプーンで一口すくって、食べる。
「ぐあっ、頭に響く」
夏場のカキ氷のあの感じよりも遥かに強い刺激が俺を襲う。
「おいしいです」
栞は笑顔で食べている。・・・信じられん。
キーンコーンカーンコーン
俺はこの砂糖と牛乳の塊のような冷たい物体に悪戦苦闘している最中、5時間目が始まる5分前を告げる予鈴が空しく俺の耳に聞こえてきた。
「マジか」
5時間目があと少しで始まる。もう考えている時間はない。というわけで俺は凄まじい勢いでアイスを食していく。
「わっ、すごいです」
それを見て栞は言う。だが俺は「ぐあっ」「ぐあっ」と心の中で叫んでいた。
そして、俺は遂に完食を果たした。
頭に響く、舌が麻痺している、腹が心配だ。
(はあっ、こりゃ絶対風邪ひくぞ)
でも、何とかは風邪をひかないとも言うしな・・・今はそれどころじゃないか。
「よし、俺は教室にもどる。じゃあな」
俺は簡単に栞に別れをつげ、駆け足で学校の中に入っていく。
「はい、また明日の放課後お会いしましょう」
栞はバニラアイスを美味しそうに食べながら言った。
何とかチャイムが鳴る前に教室に入ることが出来た。それにしても外に居たせいか、アイスのせいか分からないが体が非常に寒い。もっとも教室は暖房がきちんときいているからそのうち温まるだろう。
「祐一、またあの子と一緒に居たの?」
隣の席の名雪が尋ねてくる。あの子・・・恐らくは栞だろう。
「ん、知っていたのか」
別にやましいものでも何でもないから良いけどな。
「うん、窓から祐一の姿が見えたから」
「そうか」
「あの子ってこの学校の生徒なの?」
「たぶんそうなんじゃないか」
「え?」
直接栞本人聞いたわけではないが、恐らく本来はそうなのだろう。
英語教師が教室に入ってきて、とりあえずこの話は終わりになった。
「祐一、放課後だよ」
「おお、そうか」
最近、定番に成りつつある名雪とのやり取り。
「祐一、今日はどうするの?私は今日部活だけど」
名雪に放課後の予定を聞かれる。
(このまま水瀬家に帰るのも何だしな、北川あたりでも誘って商店街に寄っていくかな)
と結論を出す。我ながらいつも通りだ。
「相沢君、今からちょっといいかしら」
香里が俺に話し掛けてくる。
「おう、いいぞ」
即答してしまったが、良かったのだろうか。少し後悔した。
「名雪、相沢君を借りていくわね」
「うん、いいよ」
どうでもいいが、名雪の許可が必要なのか。
香里と俺は無言のまま商店街を歩く。昨日のことが影響しているのか、香里は俺に一度も視線を合わせようとはしない。俺もその気まずさから自然に彼女と距離を話し、口を開くことが出来ずにいた。
程無く商店街の中ほどにある小奇麗な喫茶店の中に香里は入る。俺もそれについて行く。
店内はレトロな感じでなかなか落ち着いていた。
「へえー、なかなかいいところだな」
「ええ、私のお気に入りよ」
香里は感情の見えない淡々とした口調で答える。
店の奥の席に互いに向かいあう形で座り、香里のお勧めだというブラックコーヒーを頼む。ちなみに代金は先払いだった。
無言の時が続く。
そして、程無く注文したコーヒーが運ばれてきた。それを俺は早速一口すする。
「うん、うまい」
毎日、水瀬家では秋子さんの手製のおいしいコーヒーを飲んでいる俺だが、ここのコーヒーはそれにも劣らない味を誇っていた。
香里も黙ってコーヒーを飲む。
少しの、俺にとっても香里にとっても気まずい時間が流れる。
「・・・で、ここに来たのはコーヒーを飲むためだけじゃないんだろ」
俺は思い切って香里に話し掛ける。
「・・・そうね」
まるで人事のように香里は言う。
「栞、お前の妹のことだろう?」
加えて昨日のことも考えると栞の話になるのが自然だろう。
「相沢君、昨日も言ったけれど私に妹はいないわ」
「・・・なら、何の話だ」
あくまでも栞を拒絶する香里に俺は少し苛立った。
「相沢君とゆっくり話したいと思っただけよ。ただ、それだけ」
香里はコーヒーを一口すすり、言う。そこには一切の感情は見えなかった。
「香里」
「何?」
「これから俺は独り言を言う。だから気にするな」
「・・・・」
そう今から始めるのは独り言、ただの独り言。
「栞と俺が始めて出会ったとき、あいつは自殺しようとしていた」
俺の言葉に香里の表情が一瞬で青白くなる。栞が自殺しようとしていたなんて思いもしなかったのだろう。
「俺はそんなあいつをほっとけなかった。だから、生きるように俺は説得した。そして、自殺はしないと言ってくれた。それでも、あいつは悩んだ。本当に自分は生きていて良いのかって。本当は俺との約束なんかちっぽけで破ることなんて簡単だっただろう」
栞にとって、あんな通りすがりのような俺の言葉なんてどうでもよかったはずだ。
「でもな、それでもな、あいつは生きることを選んだんだ。あいつは今を精一杯生きている。本当に一生懸命に生きているんだ。あいつは強い。誰よりも、強いよ」
俺なんか足元に及ばないぐらい、彼女は強い。見ているこちらが悲しくなるほどまでに。
「だからな、俺はそんなあいつを、まるで存在しないかのように振舞う人間を許せない。そいつの事情?知ったことじゃない。そんなものただの言い訳にしか過ぎない」
香里はうつむいて聞いていたが、俺は香里の方をしっかりと見て言う。
「・・・あいつの死ぬ日は2月1日。あいつはその日苦しんで死んでいく」
栞が医師に宣告された日、彼女は死ぬ。
「『おねえちゃん、おねえちゃん』とうわ言のように繰り返してな」
冷徹でいて香里を責めているかのような俺の言葉。そこには一切の感情もこもってはいなかった。
「だけどな、そんなのは俺も見たくはない。だからな」
俺は告げる。
「俺は」
「その日が来る前に」
「美坂栞を」
「殺す」
俺は何も告げず出口だけを見て、喫茶店を出て行く。
だから、香里の顔は見ていない。