伝わる想い 第四話「少女と中庭」

Written by kio










火曜日の4時間目、現代文の授業。俺は睡眠状態にはいろうとしていた。


(くっ、何故こんなに眠い。あんたは子守唄でも歌っているのか)


などと心の中で教師に悪態をつく。自慢じゃないが前の学校では授業中に居眠りをすることなどなかった。


授業が半分まで終わる。それと同時に俺の意識も遠くなってくる。


(万事休すか)


・・・少し大袈裟な気もする。そういうわけで俺の意識は遠く・・・


「(おい、相沢、あれ見ろよ)」


・・・ならなかった。北川が後ろから小声で話し掛けてきた。おかげで少しは目が覚めた。


(サンキュー、北川)


微妙に感謝した。


「(あの子、寒くないのかな)」


あの子?俺は窓の方に目を向け、外を見る。


(?・・・あれは栞か)


何故か栞が学校の中庭に立っていた。









































4時間目の終わりのチャイムと同時に俺は栞がいる中庭へと向かう。









































「祐一、お昼だよ〜・・・あれ祐一は」


名雪は自分の隣の席に誰もいないことを知り、疑問思う。


「相沢君なら授業が終わるとすぐ、教室を出て行ったわよ」


それに留美が答える。


「あれ〜、香里と北川くんもいないよ」

「・・・ええとね、水瀬さん、美坂さんと北川くんは学食に先に席をとりに行ったわ」


何故か少し呆れた口調で留美が答える。


「?」

「私はさっきから水瀬さんを起こしていたんだけど、中々起きてくれなくて・・・」


名雪はふと思い当たった可能性に少しぞっとしながらも


「ええと、七瀬さん、今何時かな」


一瞬の間。


「4時間目が終わってからもう30分・・・過ぎたわ」


七瀬さんの言葉が名雪に重くのしかかった。









































「おい、栞、お前何してるんだよ」


首にストールを巻いた栞は日曜日に会ったときと同じような格好をしていた。要するに私服である。一応はこの学校は制服の着用が義務付けられているらしいので、あまりこの場に相応しい格好ではなかった。


「あ、祐一さん、こんにちは」


栞が頭を下げると結構な量の雪が地面に落ちる。・・・長い時間外にいた証拠だろう。


「・・・栞、お前体の調子があまり良くないんだろう。こんなところにいて良いのか」


つい、口調が荒くなってしまう。それに栞は


「大丈夫です。祐一さん、待つのには慣れていますから」


微妙に答えになっていない。と言うか、答えが違う。


「で、誰を待っていたんだ」


埒があかないので栞の話に乗ることにする。


「え、ええと・・・」


言った本人が分からないでいた。


「・・・香里か」

「ええと、お姉ちゃんは私と会うの・・・辛いんです」


寂しげで辛そうな表情。その表情だけで彼女がどれだけ姉を求めているのかが分かる。


「実は祐一さんを待っていました」


打って変わって明るい口調で栞は言う。


「うそ臭いな」


だから俺も。


「え〜、そんなことを言う人は嫌いです」


「でもな、こんなところに長い間いるのは身体に毒だぞ」

「わあ〜、祐一さんは何でもお見通しですね」

「そんなことはない。たまたま、外を見ていたら栞の姿を見つけただけだ」


とりあえず、北川のことは省く。


「でも、私の体のことを知っていました・・・」

「・・・・」


そうだったな、俺はお前の体のことは知っているはずのない人間だったな。


「ところで本当はどうしてここにいるんだ」


同じ質問を再度する。


「ですから、祐一さんを待っていたんです」

「・・・・」

「いえ、本当は私、祐一さんが言っていたように生きてみようと思ったんです」


栞は少しずつ語っていく。


「日曜日、その日で私はいなくなるはずだったのに・・・そうはなりませんでした」


それは彼女の後悔の言葉なのか


「あの日の夜、私は自分の部屋で悩みました。本当に悩みました。自分は生きていて良いのか、どうせ死ぬなら早いほうが良いんじゃないか、と」


彼女の感情は見えない


「でも、生きることの意味を考えてみたんです。私は今まで本当に生きてきたのか、本当は違う意味で死んでいたのではないかと。私が病気で死ぬと分かった日から、私は生きることを止めてしまったのかもしれない、だから自殺しようと考えたのかもしれない」


生きる、それは彼女にとってとても重いもの


「だけど、祐一さんと出会って、生きてみろと言われました。・・・とてもうれしかったです。見ず知らずの人だったけれど、この人は本当に私のことを心配してくれているんだなと分かりました」


・・・・


「だから、私、生きます。私にとって生きるということは後悔のないようにこの世から『さよなら』が出来るということだと勝手に決めちゃいます」


あまりにも悲しい言葉だった。だけどそれは真実で


「・・・栞」


「はい」


「頑張れよ」


「はいっ」


力強い栞の返事。

本当はこの世からの『さよなら』なんて言わせたくなかった。ずっと生きていて欲しかった。だけどそれは俺が言える言葉じゃない。そんな言葉はあまりにも無責任だった。





















「寒い」

「え〜、祐一さん軟弱ですね」


お前に言われたくないと言おうとしたが止めた。


「そんなこと言う人嫌いです」

「えぅ〜、真似しないで下さい」


俺は栞の『そんなこと言う人嫌いです』を一回聞いただけでマスターしていた。


「ところで飯は・・・食ってないよな」

「はい」

「食堂にでも行くか」

「でも・・・」


栞は自分の格好を見て考える。


「・・・何か買ってくるか。食べたいものはあるか」

「それじゃ、アイスをお願いします」

「・・・聞き間違えか、今アイスと聞こえたが」

「聞き間違えじゃないですよ」

「マジか」

「はい」


俺がこの町の住人の認識を著しく変えた出来事だった。


「それに、きっと夏までは・・・」


夏までは待つことは出来ない。それが彼女の言いたかったことだろう。


「分かった、買ってくる。少し待っていろよ」

「出来ればバニラをお願いします」


ひとかけらの曇りもない笑顔で彼女は言った。









































「むぅ、まさかこんな季節にあるとはな」


食堂に来て俺は驚愕した。どうやらこの学校を甘く見ていたらしい。カップに入ったバニラアイスが見事にそこにあった。隣にはカキ氷150円と書かれていた。

俺がそれを見てうなっていると


「あら、相沢君、何処に行っていたの」

「そこに居たのは香里だった」

「・・・誰に言っているのよ」


呆れられてしまったようだ。


「ところでなんでアイスなんて買おうとしてるの。寒くない」

「おお、外はもっと寒いぞ」

「まさか、今まで外に居たの」

「おお」

「相沢君、頭大丈夫?」


何かすごいことを言われてしまった。


「それなら、お前の妹にも言ってくれ」


一瞬、香里の顔が驚愕に彩られる。だが、何事もなかった様子で


「妹?私には妹なんて居ないわよ」


悲しみから逃れるための香里の決断、だが・・・


「香里、栞は今、必死に生きようとしている。それを認めてやれ。じゃないとあまりにもあいつがかわいそうだ」


大切なものから否定されることはその人にとって死んでいると言うことと同義、昔俺は『あいつ』からそう教えてもらった。


「な、なんの話をしているの相沢君」

「香里、お前は自分が思っているほど、嘘つくのうまくないぜ」


俺は言い残し、去っていく。


「分かっているわよ、そんなこと」


最後に香里が何かを言っているように聞こえた。













「ほら、アイスだ」

「わぁ、ありがとうございます」


栞は本当に嬉しそうだった。


「これ食べたら、家に帰れよ」


アイスを食べながら栞はコクコク首を振る。


(う、かわいい)


不覚にも(←失礼)俺はそう思ってしまった。





















「今日はありがとうございました」

「ああ、それよりも体大事にしろよ」

「はい」

「それと・・・」


俺は告げる。


「何かあったら俺を頼れ」


それが俺の責任。


「お前の生きるという決意、俺が見届ける」


まぁ、こんな奴に見届けられても嬉しくないかな、と付け加える。


「そんなことはありません。ありがとうございます」


深々と頭を下げられる。少し、恥ずかしいことを言ってしまったな。


「それじゃな」

「はい、またお会いしましょう」


小さな、小さな約束をして俺と栞は別れる。









































そして、5時間目の始まりを告げるチャイムが鳴り響く。







































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