「・・・お姉ちゃん、私、今笑っていますか」



「ええ、笑っているわよ。だから・・・」



「良かったです。私笑っているんですね」



妹の瞳からは涙が溢れていた。けれどその顔は間違いなく笑顔だった。



「・・・栞・・・」



姉もまた涙を流していた。



彼女がそう妹を呼んだことはどれほどの重さを秘めていたのだろうか。





















これはそう遠くはない未来に起こる出来事。





















もう変えようのない悲しい出来事。



















だけど私は・・・











































伝わる想い 第三話「少女とカッターナイフ」

Written by kio










日曜日、昨日は様々なことがいっぺんに起こったためゆっくりと休養を取りたかった。だが、従姉妹のイチゴ狂が何故か部活もないのに目覚ましをセットして俺の目はすっかり覚めてしまった。ちなみに張本人である名雪は未だに熟睡中だ。・・・不公平だ。というわけで俺は家に居ても特にすることがないので町に散歩に行くことにした。


「祐一、どこに行くのよ」


玄関から出て行こうとしたところでいきなり殺村凶子に見つかってしまった。


「だれが殺村凶子よ!!」


どうやら(故意に)思っていたことを口に出していたらしい。


「悔しかったら、自分の名前を思い出してみろ」

「く〜、祐一のくせに生意気よ」


俺は殺村凶子の言葉を無視する。


「秋子さん、行ってきます」

「はい、気をつけて」


台所から家主の秋子さんの声が聞こえてきた。殺村恐子はこの人に任せておけば安心だろう。


ガチャ


「う、寒い」


思い直して、家にいようかと思ったがばつが悪いので、止める。





















殺村凶子、まぁこれは本名ではないな。俺は昨日の七瀬さんとの件を終わらせた後、商店街を歩いていると突然誰かが襲い掛かってきた。それがさっきの記憶喪失少女だ。いろいろあって水瀬家で記憶が戻る間、預かることになった。といっても寛大な秋子さんが「了承」の一言で彼女の滞在を許したというわけなのだが。


(記憶は・・・戻ることはないけどな)


自嘲気味に俺は言う。


(彼女は死に向かう運命にある。・・・どうして俺なんかのところに戻ってきたんだ)


そう、戻ってさえこなければ違う運命もあっただろうに。

























俺はそんなことを考えながら町を歩いていたため、ほとんど前を注意していなかった。


ドンッ


「きゃっ」


ドサッ


どうやら誰かとぶつかってしまったらしい。

見ると俺よりも一つか二つ歳下ぐらいの首にストールを巻いた小柄な少女が倒れていた。手に持っていたのかコンビニの紙袋の中身がそこら辺に散らばっている。


「あ、すいません」


俺はそう言って、少女の荷物を紙袋に入れていった。


(それにしても凄い荷物だな)


本当に様々な荷物がある。食料、文房具、生活用品。それらをせっせと紙袋に入れていく。少女もすまなさそうな顔をして俺と一緒に荷物を詰めている。


そして、俺がカッターナイフを手にとったとき


「あ!自分で拾いますから」


少女は強い口調で言い、カッターナイフを自分で袋に入れていた。


(なるほど、そういうことか)


俺は有無を言わさず紙袋の中からカッターナイフを取り上げた。


「あ」


「こいつはな、人の命を奪うためにあるんじゃないだろ」


俺は少女に問う。彼女は顔面蒼白だった。だけど俺は続ける。


「ましてや、自分の命を自分で奪おうとするな。お前だけの命じゃないんだ。お前が死んだら家族や友人も悲しい思いをする。そんな光景を見たいのか」


少女は微かに首を振っていた。


(ふぅ、俺はどうしてこんな奇麗事ばかりしか言えないのだろうな)


俺は『人の死期』を普通の人よりも少し敏感に感じることが出来る。だから少女が不治の病にかかっているのが分かった。辛いのならここで人生を終えるのも一つの決断だ、とも思う。


(だが・・・それは俺が絶対に許さない。あいつと約束したからな)


少女は怯えながらも怒りを含んだ声で言う。


「・・・見ず知らずのあなたに私の気持ちが分かるんですか」


小さいながらもはっきりとした声。


(そう言えば、同じことを七瀬さんにも言われたな)


昨日の出来事を思い出し苦笑する。


「・・・俺はお前のような人間に何人も会ってきた、だからお前の気持ちは少なからず分かるはずだ」

「・・・・」

「信じる、信じないはどうでもいい。だけどな、もう少し生きてみないか。だまされたと思って」


俺はもしかしたら残酷なことを言っているのかもしれない。そして、一瞬の間


「・・・分かりました。・・・あなたの言うことを信じてみます」

「ありがとう」


ありがとう、そんな言葉が口から自然にもれていた。


「いいえ、私こそありがとうです」


少女はいつの間にか微笑んでいた。





















「ところであなたのお名前は」

「ん、俺か、俺の名前は相沢祐一、どう呼んでもいいぞ」

「分かりました。祐一さんですね。私は美坂栞です」


先ほどまでとは打って変わって愛くるしい表情で言う。恐らくそれが彼女の本来の自然な姿なのだろう。


ん、・・・美坂?どこかで聞いたことがあるような。



「・・・そうか、香里の妹か」

「え?お姉ちゃんを知っているんですか」

「ああ、友達みたいなものかな」

「そうなんですか」


少女は一瞬寂しげな表情を見せた。・・・恐らくは香里は栞のことを隠しているのだろうな。いや、不治の病に冒された妹という辛い現実から目をそらしているのかもしれない。


「祐一さん、また会えますか」

「ああ、意外とこの町は狭いからな」


あまりこの町のことはよく知らないが、またこの少女と会えるような気がした。


「はい、また会える日を楽しみにしています」

「そうか、それじゃな」

「はい」


そう言って栞は去っていった。


「さあ、俺も帰るかな」


・・・そういえばここはどこ?両脇には見知らぬ街路樹が立っていた。









































「はぁ、はぁ、ぁ、しおり〜」


俺は全力で走り、栞に追いつく。


「あれ祐一さんまたお会いしましたね」


栞は満面の笑みで俺を迎えてくれた。


「いや、実はな・・・道に迷った」


ばつが悪く、栞から顔をそむけて俺は言う。


「・・・ぷっ、あははは」

「な、何で笑うんだ」


突然栞が笑い出したので俺は少し戸惑った。


「だって祐一さん、さっきまであんなに真剣だったのにいきなり走ってきて、道に迷った、ですよ。とてもおかしいです」

「そ、そうか」

「私まだまだ死ねませんね」


少し寂しげに微笑みながら栞が言う。


「まだ死ねないですよ・・・ね・・・」


微かに呟いた言葉が俺には少し辛かった。


「栞・・・」

「えーっと、とりあえず祐一さんが知っている道まで出ましょうか」


打って変わって明るい口調で栞が言う。だから俺も出来るだけ明るく


「おお、道案内頼む」


と言った。









































なんとか俺は栞のおかげで無事水瀬家に帰ることが出来た。ちなみに殺村凶子の名前が沢渡真琴であることが判明した。









































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