伝わる想い 第一話「転校生」

Written by kio










「それでは転校生を紹介する。相沢君、入ってきてくれ」


朝のホームルーム、俺は担任に呼ばれて新しいクラスメートたちがいる教室に入っていく。


「相沢祐一です。よろしくお願いします」


無難な言葉を選び言う。ここで受けを狙う必要はない。俺はどこにでもいる普通の男子生徒である。

クラスメートたちを良く見ると従姉妹の名雪が手を振っていた。その後ろには今朝知り合ったばかりの名雪の親友、美坂香里の姿もあった。


「実はもう一人いる。七瀬君、入ってきても良いぞ」


「七瀬留美です。よろしくお願いします」


人懐っこい、明るい口調でツインテールの少女は言う。彼女──七瀬さんは偶然にも同じ時期に同じ学年、同じクラスに転校してきた。これは後で聞いた話だが俺たちのクラスは始めから生徒数が他のクラスよりも少なかったため転校生2人が同じクラスになったらしい。彼女とは教室に入る前に「3学期に転校なんてお互いに大変だよな」などと転校生同士少し会話をしていた。ちなみに俺は基本的に人見知りはしない人間である。


「相沢君は窓際の開いている席、七瀬君は中央の席に座ってくれ」


俺と七瀬さんはお互いに自分の席へ向かう。他の生徒がそんな俺たちを興味の眼差しで見る。・・・正直緊張する。


「祐一、一緒のクラスになれたね」


隣の席の名雪が話し掛けてくる。


「ああ」


「相沢君、よろしくね」

「ああ、よろしく」


名雪の後ろの席の香里にもあいさつをする。

もう一人の転校生の七瀬さんは既に席についていた。


「七瀬さん、よろしくね」


名雪が早速もう片方の一つ隣の席の七瀬さんにあいさつをしていた。ちなみに名雪の隣の席の奴は新学期早々欠席らしい。


「よろしくお願いします、ええと」

「名雪だよ」

「はい、名雪さんよろしくお願いします」


そう言った七瀬さんの笑顔が俺には気になった。













俺の目には何故か















無理に作られているものにしか見えなかったからだ。









































「祐一、今日はこれでおしまいだよ」

「そうなのか」


今日は簡単なホームルームしかやっていないような気がする。しかも、あの担任淡白なものだからホームルームが終わるのも妙に早く感じた。新学期初日だから当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが。


「私は先に帰るわね」


鞄を片手に香里が俺たちに言う。


「ああ、それじゃあな」

「ばいばい、香里」


俺と名雪が言う。


「さよなら、名雪、相沢君」


そう言って香里は教室から出て行く。


「祐一はどうするの」

「とりあえず商店街にでも行って、この町に慣れるかな。名雪は」

「私は部活」

「大変だな」

「うん、でも部長さんだから」


俺と名雪は2人で教室を出る。


「祐一、昇降口まで一緒に行こうか」


名雪は俺が昇降口に行けるのか心配なのだろう。


「迷わないから大丈夫だ」


俺は人並みには方向感覚があるつもりだ。


「うん、分かったよ」









































昇降口に行くと内履きを下駄箱に入れている七瀬さんがいた。


「よう、七瀬さん」

「相沢くん」


朝と同じように明るい口調で七瀬さんは返してくれる。


「今、帰るのかい」

「ええ、相沢くんも」

「いや、商店街にでも寄っていこうかなと」

「そうなんだ。それじゃ、相沢くん。また明日」

「おう」


そう言って七瀬さんは微笑み、昇降口から出て行った。


「七瀬さんか・・・」


同じ転校生の彼女、俺には何故か・・・







































「おはよう、相沢くん」


転校二日目の土曜日、名雪と全力疾走してきた俺に香里が話し掛けてくる。


「はぁ、はぁ、ぁ、おはよう」


俺は息を切らせながらも何とかあいさつをする。


「大変ね、あなたも」

「おう、名雪と一緒に登校すればこの気持ちが分かるぞ」

「遠慮しておくわ」


まぁ、それが無難だな。


「2人とも酷いこといってない」

「そんなことはないぞ(わ)」


俺と香里の言葉が見事にかぶる。


ちなみに教室に入る前にクラスメートの何人かに親しい感じであいさつをされた。

そんなわけで俺は転校してきてから1日で既にこのクラスに馴染んでいた。


(名雪のおかげか)


名雪にこっそりと感謝の言葉を述べる。


そして、もう一人の転校生の七瀬さんはというと朝からクラスメートの間で質問攻めにされていたらしい。名雪の一つ隣の席を見ると、七瀬さんは嫌な顔一つせず質問に答えていた。









































俺は何故か昨日から七瀬さんのことが気になっていた。それは転校生同士だから、違う。彼女の作られている笑顔を見てしまったから、違う。何かが引っかかっていた。


「七瀬さん、今日、一緒に帰らない」


クラスの女子が彼女に言う。


「ごめんね、今日は用事があるから」


嘘だ。俺には何故かそれが分かった。


「そう、それじゃまた今度ね」

「うん」


彼女は目には見えない他人との境界線を引いているような気がする。誰にも自分の心を見せないために。自分を孤独にするために。


いつの間にか担任の淡白なホームルームが始まり、一分もしないうちに終わった。


生徒たちが帰り支度を始める。


「祐一、放課後だよ」

「おお、そうか」


名雪、もしかしてそれいつも言うつもりか。まぁいいか。


今日は土曜日なので午前中で授業は終わりだ。ちなみに教科書はまだ持っていなかったから、後ろの席の北川というやつに授業中教科書を貸してもらった。いい奴だ。


「それじゃ帰るか。名雪は?」

「うん、今日は部活がないから一緒に帰るよ」

「了解」


名雪とのやり取り。けれど俺の視線は七瀬さんのところにいく。彼女は帰り支度を終え、帰宅するところだった。


声をかけようかなと思ったが、無理だった。俺の目に彼女の本当の姿が映ってしまったから。


それはあまりにも孤独で、触れるだけで崩れてしまいそうな弱さがあった。


(そうか・・・)


俺はやっと気付いた。


(彼女だったのか)


彼女と俺は出会わなければならなかった、それが必然だったのだろう。









































名雪と真っ直ぐ家に帰り、俺がお世話になっている水瀬家で昼食を終える。ちなみに家主の秋子さんは俺の母方の叔母にあたる。だが、実際は娘の名雪と並べても姉妹で通用しそうなぐらい若く見える人だった。

今日は帰りが遅くなるかもしれないことを家主である秋子さんに告げて町へと出る。


「寒いな」


思わず呟いてしまう。


だけど、


(俺の役目を果たさないとな)









































日が短い冬空は既に黒に塗り重ねられようとしていた。そんな時間になっても彼女はまだ噴水場のあるこの公園の中にいた。


「折原・・・私」


自然にもれる声。溢れ出す涙。


「う、ううぅ・・ぅ」


彼女のこらえたような泣き声が響く。昨日もこんな風に泣いていたのだろうか。もしかしたら明日も明後日もその次もこのように泣くのだろうか。


(そんなの耐えられるわけないよな)


俺は意を決して彼女に話し掛ける。


「・・・七瀬さん」

「え?・・・相沢くん!!」


突然の俺の声に七瀬さんはひどく驚いていた。俺の顔を彼女は一瞬見て、すぐに視線を地面へとやる。

だが、俺は確かに彼女の目に光るものを見た。


「こんなところでどうしたんだい?」


俺は出来るだけやさしく問い掛ける。


「・・・・」


彼女は何も言わない。だけど、俺に少しおびえているように見える。


(そりゃそうか、誰にも見せるつもりのない泣き顔を見られたんだからな)


でもな・・・


「・・・辛いことがあっても泣いてるだけじゃ駄目だ」

「・・・・」


彼女は俺が何を言っているのか理解していないのかもしれない。いや、理解したくないのだろう。だけど俺は続ける。


「確かに自分を整理する時間は必要だけど、今の七瀬さんじゃ、悲しみに負けて、立ち直れなくなってしまいそうに見える」

「・・・・」


偽りの自分を創ることで彼女は辛うじて日常を過ごしている。だけど、それだと彼女はいつか本当に駄目になってしまう。


「だから本当の意味で笑えるようにならないとな」


言っていることは奇麗事に過ぎないことは分かっていた。でも誰かがきっかけを与えないかぎり、彼女はこのまま立ち直れない。それを俺は知っていた。


「・・・あなたに何が分かるの」


ほとんど聞き取れないような七瀬さんの声。だけど俺は聞き逃さなかった。


「・・・分かるさ」

「え?」


そう分かるんだよ。


「大切な人を失った気持ちは痛い程・・・」


分かり過ぎてしまうんだ、俺にはあなたの気持ちが。


「・・・ならどうして、どうして私を一人にしてくれないの」

「・・・七瀬さんをこのまま放って置けないから」


我ながら詭弁だな。


「・・・・」


七瀬さんは無言のままだった。そこには悲しみの感情しか表れていなかった。でも俺はこれ以上あなたに伝える言葉は持っていない。


「それじゃ、俺帰るから」


俺は彼女に背を向ける。


だけど・・・


「そうそう、七瀬さん」


俺はもう一度七瀬さんの方を見る。


「・・・・」


七瀬さんが視線を向ける。彼女の悲しさ、寂しさ、後悔、様々な感情が入り交ざった瞳が俺を写す。でもそんな瞳は辛いから。


だから俺は告げる。


「手紙を預かっています」









































相沢くんは私が手紙を受け取ると何も言わずに去っていった。私はそれからずっと地面を見つめ、黙っていた。


ふと私は手に持っている手紙に視線をやる。それは真っ白な封筒で、宛て名も何も書かれてはいなかった。


(どうして、相沢くんが私に手紙を)


ここで初めて疑問に思った。相沢くんは預かっているとは言っていたが、理由がわからない。そもそも彼は何なのだろうか。私の抱える心の傷を見透かしたような言動、私を放って置けないとも言った。そして、この手紙。全く分からなかった。













私は疑問に思いながらも手紙の封を切った。











七瀬へ











その字には見覚えがあった。











よう、七瀬、元気か。俺は元気なのか微妙なところだ。まぁ、俺は良いとして、もしお前が俺のせいで悲しんでいるなら、土下座でもなんでもするぞ。ん、土下座は無理か。とりあえず許してくれ。











見慣れた、お世辞にもうまいとは言えない文字。











自慢じゃないが俺は手紙を書くのなんて初めてだぞ。だから七瀬、お前が俺の手紙を読んだ第一号だ。喜べ。ああ、ついでだから言っておくぞ、俺はお前が好きだ。ちなみに嘘じゃないぞ。











「・・・何がついでよ、ばか」

愛しい人の言葉が聞こえる。瞳からは涙が止まらない。











でも、お前は他に好きな奴を探してくれ。俺はこんな状態だからな。なんか俺恥ずかしいことばっか書いていないか。まぁいい。とりあえず七瀬お前は笑っていろ。それが乙女というものだぞ。











今までとは意味の違う心の底からの溢れる温かい涙。彼のあまりにも不器用でやさしい手紙が私の心に染み渡る。











うーん、慣れない手紙を書いて俺は疲れた。だからそろそろ終わりにする。おお、そうだ七瀬、悪いが長森たちにも謝っておいてくれないか。俺の口から伝えることは出来ないから。それじゃな、七瀬、笑っていろよ。

折原浩平






























「折原・・・」

私は手紙を胸に抱いて、一人泣いた。









































相沢祐一は彼女が手紙を開いたところで静かに公園から出る。


「(折原浩平、確かにお前の手紙届けたぜ)」


今は亡き青年の顔を浮かべ一人呟いた。









































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