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11日目<栞の日記>
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11日目<栞の日記> 2日前 今日の昼休み、天野さんと話をして自分の気持ちに整理がつけられたからだろうか、私は放課後にもう一度、生徒会室を訪れようと考えていた。 もちろん、久瀬さんともう一度きちんとお話するために。 そして、今私は生徒会室の前にいる。 「あなたは最悪の人間ね───そんなに誰かが悲しむのを見て嬉しいの?」 生徒会室の中からお姉ちゃんの挑発するような口調が聞こえてくる。 「……そうね、ここの生徒会長は血も涙も無い冷酷な人間だったわね。正直、私はあなたが目障りなの。いつも消えてなくなれば良いと思っているわ!」 私は我慢する事が出来なかった。 ガラッ 「───お姉ちゃん……!!」 「えっ、栞!?」 驚いたようなお姉ちゃんの口調。 お姉ちゃんにとって私がここに現れる事は予想外だったのかもしれない。 だけど、そんな思考は一瞬のことで別の感情がそれを支配していく。 「…嫌いです」 「えっ?」 床を見ながら私は小さくそう呟いた。 今はお姉ちゃんの顔なんか見れない。 「お姉ちゃんなんか…嫌いです!!」 感情が煮えくり返っているのを感じる。 「栞……」 「出て行ってください! ここから出て行ってください!!」 私は無理やりお姉ちゃんを引っ張って、生徒会室から叩き出す。 「栞、あの男は──」 「久瀬さんの悪口を言わないでください!!」 ドンッ 乱暴にドアを閉める。 ………始め、お姉ちゃんは何かを言っていたようだったが、それもいずれ聞こえなくなった。 そして、部屋には私と久瀬さんだけが残される形となる。 「…久瀬さん、先ほどは姉が失礼なことを言ってしまい、すいませんでした」 心から謝罪した。 「いや、別に構わんよ。…それよりも良いのかね?」 たぶん久瀬さんが言っているのはお姉ちゃんと私のこと。 心配してくれるのはありがたかったが、久瀬さんにそうしてもらう資格は私たち姉妹にはない。 「……平気です。それよりも久瀬さん、お昼は御見苦しいところをお見せしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」 再度深々と頭を下げる。 「私は気にしてはいないよ」 「……そうですか、安心しました。それじゃあ、今日は失礼します」 久瀬さんは優しい人だと思う。だけど、そんなことを言われると私は逆に惨めな気分になってくる。 私は生徒会室のドアを開け、その場から立ち去ろうとする。 「栞君」 久瀬さんから制止の声がかけられる。 「はい」 「迷惑かもしれないが、また弁当を頼めるかね」 彼の口から放たれたのは意外な言葉。 一瞬、思考が真っ白になったが、すぐにその意味を理解する。 「───あ、…はいっ!」 私は出来る限り元気な声でそれに答えた。 そして、日付は今日へともどる 昨日からお姉ちゃんは家に帰って来ていない。 別に失踪とかそう言うことではなく、単に友達の家に泊まっているだけ。 ただ、一昨日のことがあったため、そのことは私の心に重くのしかかっていた。 お姉ちゃんは私のことを避けていると改めて実感する。 だけど、私もお姉ちゃんのことを避けているからきっとお互い様なんだと思う。 私は未だにお姉ちゃんを許せてはいない。 あのときお姉ちゃんがしたことは、それほどまでに私の心に深い傷痕残した。 ───人を傷つける言葉。 お姉ちゃんは決してそんなことを言う人ではないと思っていた。そう信じていた。 ……だけど、違った。 私の耳にその言葉はこびりついて離れない。 ……分かっている。あれがお姉ちゃんの本心ではない事は。私のことを思って言っていたことは。 そう理屈では分かっていても、心のどこかでそれを認めることが出来ない。 ガチャリ ドアのノブをゆっくりと引いた。 目の前に見慣れた景色が広がっていく。 ───ここはお姉ちゃんの部屋。 何故、私はそこに足を踏み入れようと思ったのかは分からない。 ───これは決して許されない行為。 いくら姉妹と言えども、相手の許可無く部屋に入り込む事はプライバシーの侵害になる。 私だって、そんなことをされるのは嫌だ。 だけど、私は今お姉ちゃんの部屋にいる。 辺りを見渡す。 分厚い書籍が並べられた本棚、質素なシングルベット、申し訳程度並べられたぬいぐるみとクッション、飾り気のない机、そんな見慣れた光景が目に写る。 ふと、机の上を見ると一冊のやや厚めの本が開かれたままになっていた。 ───それはよく見慣れた日記帳。 「…そっか、使ってくれていたんだ……」 それは私がお姉ちゃんにあげたお揃いの日記帳だった。 見てはいけないと分かっていながらも、その日記帳の開きっぱなしになっていた一ページが目に入ってくる。 ───ごめんなさい栞。 そこには綺麗な字でそう書かれていた。 胸がちくんと痛む。 ───ごめんなさい栞。ごめんなさい栞。ごめんなさい栞。ごめんなさい栞。ごめんなさい栞。ごめんなさい栞。ごめんなさい栞。ごめんなさい栞。ごめんなさい栞。ごめんなさい栞。ごめんなさい栞。ごめんなさい栞。ごめんなさい栞。ごめんなさい栞。ごめんなさい栞。ごめんなさい栞。ごめんなさい栞。ごめんなさい栞。ごめんなさい栞。 延々と書き綴られている『ごめんなさい栞』の文字。 よく見ると後半の文字は微かに滲んでいた。───たぶんそれはお姉ちゃんの涙。 ……胸が締め付けられていく。 それだけで私はお姉ちゃんの心情を痛いほど理解した。 お姉ちゃんは苦しんでいる。私より遥かに。 ページをめくる。 そこは一行以外は真っ白であった。 その日の日記の終わりの一行、そこには ───栞、私はあなたに謝りたい。 と書かれていた。 ──私は何をしているんだろう? ふと、我に帰る。 そして、自分が今していることを思い出し、血の気がひいていくのを感じる。 ──私は今、お姉ちゃんの心を土足で覗き込んでいる。 目の前が真っ白に染まっていく。 足元が揺るぎ、体が傾く。 ──最悪だ。私は最悪の人間だ。 一瞬で視界はもどり、倒れそうになるところを何とか抑える。 ───罪悪感 気がついた時には私はお姉ちゃんの部屋を飛び出していた。 そして、自分の部屋に入り、ベットの中へともぐりこむ。 「───ごめんなさい、お姉ちゃん」 消えるように小さな声、それは震えていた。 「ごめんなさい、お姉ちゃん。ごめんなさい……本当にごめんなさい───」 私にはもうお姉ちゃんに合わせる顔がなかった。 |
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