真っ暗な空間。



そこは真昼であっても一切の光は入ってこない。



だが、その中でたった一点だけ白い光を放っている場所がある。



異質もしくは、畏怖。見るもの全てにその感情を植え付ける。



カチャ、カチャ、カチャ



何者かの放つ無機質な音が部屋の中に響く。





















───言葉が白い光の中に浮かんでいく───






───全ての言葉が紡がれ───






───静寂が空間を支配する───






───そこに存在する言葉は───




















───これが一人目───




















物語は幕を開ける。







































夢を喰らう魚 第一話「開幕」

Written by kio









「ほら、北川くん、しっかりやりなさい!」


ソファーで休んでいる俺を見て、一人の女性刑事は言う。気のせいか彼女は怒っているように見える。


「・・・いや、だるいんで、あとは美坂さんにお願いするっすよ」


気だるげに俺は言い放った。その際に『最近、寝不足なんで本当に参ってるんです』と全身で表現するのを忘れてはならない。


「な・に・が・だるいのよ。それとも何?それは上司としての命令かしら」


美坂さんからオーラが発せられているのが確かに分かる。ちなみに俺は一応警部補という地位にいる。

それにしてもあのオーラ、かなり黒いぞ。・・・やばい、俺は踏み込んではいけない領域まで踏み込んでしまったのか?美坂さんの顔が鬼に見える。

と、とりあえず弁解をしなくては。


「い、いや、そんなことはないっス」

「なら、さっさと仕事する、いいわね」

「・・・はい」


結局、いつも通り彼女に頭は上がらなかった。















「それにしても変な事件よね」


美坂さんが顎に右手をやりながら考える素振りを見せる。

美坂栞、俺の後輩の刑事で24歳の独身である。やや小柄の体系にブラウンがかった髪、容姿は端麗と言っても支障は無いだろう。・・・なお、性格は姉の香里に良く似ている。噂では学生時代は病弱でおとなしい性格だったらしいが、今では到底信じられない話である。

補足すると、俺自身は彼女より年も地位的も一つ上なのだが、まったく頭が上がらない存在でもある。


「北川くんはどう思う?」


俺に視線を向け、彼女は意見を求めてきた。何だかんだ言っても彼女と仕事をする機会が多いため、このようなことは珍しいことではない。それに俺だって仕事をするときはするのだよ。


「そうですね・・・確かに変な事件ではあると思いますね」


今日午後4時17分頃、鉄筋コンクリート建てのどこにでもあるようなアパートの一室で男性の死体が発見された。歳は21歳の現役私大生。第一発見者は母親。彼女は偶然にもこのアパート近くまで来ていて、息子の様子を見ようとこの部屋を訪れたそうだ。なお、部屋の鍵は掛けられており、母親は合鍵を使っていた。男性の死体は誰かと争った形跡もなく、眠るように死んでいたことから自殺という可能性が今のところ有力、それが一般的な警察官の見解であった。


「死因は鑑識にまわすから、何とも言えないけど・・・」


彼女は眠るように横たわっている死人を見て眉をひそめる。


「自殺じゃない、と」


美坂さんの様子から俺がその結論を出すのは難しいことではなかった。


「・・・ええ」


彼女は少し考えて肯定する。


「勘ですか?」

「そうね」


そっけなく彼女は答える。


「それじゃ、やっぱり殺人になるんでしょうね」


俺もあっさりとした態度で彼女に同意する。

なぜなら、彼女の勘は恐ろしいぐらいによく当たることを知っていたからだ。

今回の事件、まだ殺人の確証は存在していないが、殺人事件である可能性が高そうである。


「どうかしら・・・でもこれを見ると、ね」


美坂さんの視線の先には・・・死体発見当時から唯一、稼動していたパソコンのモニター。



そこには無機質な字で



『───これが一人目』



とだけ表示されていた。




















同日、水林学園。午後4時52分。



「浩平のせいだよ」


ぽつりと隣の席で鉛筆を走らせていた少女が呟く。


「何! 俺のせいにすると言うのか」


俺は隣にいる幼馴染、長森瑞佳の言葉にひどく不満だった。

まったく、人のせいにするなよ。幼馴染として恥ずかしいぞ俺は。


「浩平が授業中にいきなり騒ぎ出すから」


彼女の呟きは続く。そこには諦めに似た、呆れた口調が含まれている。


「そんなに俺を悪者にしたいのか?」


長森の奴も困ったものだ。

実は今、俺たち2人は世界史の補習の最中であった。しかも、居残りでプリント5枚を埋めろという指示。まったくやり切れないものがある。


「だって、本当のことだもん」


まだ、言うかこいつは。


「だよもん星人風情が何を言う!」


俺が幼馴染につけたあだ名。命名は単純明快、長森の語尾に『だよ』と『もん』が多いことからである。


「私、だよもん星人なんかじゃないもん」

「ほら、今『もん』と言っただろう」


口を膨らませて長森は俺を睨む。


「う〜、違うもん」

「また」


『もん』本日二回目。


「う〜」


遂に唸りだす長森。・・・そう言えばこいつ猫好きだったな。それの影響か?


「う〜」


何となく真似る俺。



しばらく2人の『う〜』という間抜けな声が続いていたが、



「とにかく、浩平が悪いんだよ」


さっきも言っていたような長森のセリフで本筋に戻った。


「そんなことは無い!」


胸を張って俺は答える。俺は綺麗さっぱり無実である。


「ただ無味乾燥とした意味の無い時間を使い、有意義な睡眠をとっていただけだ」


そう、そうなのである。世界史など俺にとっては意味の無いこと。むしろ、睡眠に時間を使うことのほうがよっぽど将来のためになると思う。


「浩平、居眠りなんて駄目だよ」


俺の言葉に長森は反論する。

何が駄目なんだ。俺には理解できんぞ、・・・まぁ、だよもん星人の言うことだからな。何故か自己完結していた。


「しかも、寝ぼけて、いきなり大声で『みずか〜』なんて叫ぶから、私、顔から火が出るかと思ったよ」


今、なんと?俺が叫んだ。しかも『みずか〜』と・・・


「・・・俺そんなこと言ったのか?」

「覚えてないの」

「むぅ、全然覚えてなんかいないぞ」


寝言ももちろん夢を見ていたかさえも覚えていなかった。

だが、これで納得がいった。世界史の授業後、何故か俺のことを腫れ物を見ているかような目で見ていたクラスメート達の視線の理由が。・・・分かってもどうにもならないがな。

それに長森は重要なことを忘れている。


「俺としては、その後お前が『浩平のばか、ばか、ばか』とか言って授業を中断したのが悪いと思うんだが」


あれは凄かった。本当に長森本人かと思ったぐらいだ。普段は物静かなイメージがあるだけにそのギャップに皆驚いていたものな。


「う」


それきり、長森は黙って、プリントの問題を解き始めた。


「ふっ、勝った」


長森は何も反応してくれない。ただ、黙々と手を動かしている。

・・・空しい。

俺もプリントとの格闘を再会した。















「・・・とりあえず俺は終わったが」


ああ、疲れたぞ、本当に疲れたぞ。俺は世界史なんて嫌いだ。もう、見たくもない。そんな気持ちで一杯だ。


「私も終わったよ」


長森も若干であるが、疲労しているようだ。


「それじゃ、提出しますか」


早く帰って、惰眠を貪りたい。

プリントを持って、俺と長森は教卓へと向かっていく。


「ねぇ、浩平。斎藤先生をこのままにしててもいいのかな?」


教卓に突っ伏したまま、眠っている教師を見て長森は言う。俺たちに補習を言い渡しておいて、そんな態度は許されるのか。否、許されるはずが無い。

しかもこの教師、俺たちの補習開始5分後ぐらいから眠っていたように思えたぞ。・・・無性に腹が立つ。珍しく俺が真面目にプリントをやったと言うのに。


「まったく、あの先生は」


怒りと呆れの混じった声で俺は言う。


「ほら、先生起きてください、俺たち帰りますんで」


このまま、放っておいて帰るわけにも行かないだろう。俺はその教師の肩に手をやって、ゆさゆさと揺らす。


「斎藤先生、ほらほら、起きてくださ・・・え?」


何の抵抗も無く、斎藤先生は床へと倒れた。



ガタン、・・・ドン



「せ、先生?」



それを見て、長森の顔は一瞬で蒼白になった。



何故?



俺の頭の中に一つの可能性が浮かぶ。



最悪の可能性が。



それを確かめるように俺は斎藤先生の腕をとり・・・



「・・・長森、救急車を呼んでくれ」



「え?」










「──脈がないんだ」




















『───これで二人目』





























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