「ふぅ・・今日は多忙っすね」
アパートで現場検証を行っていた俺と美坂さんは、本署からの通達で近くの高校へと出向いていた。
「ほら、ほら、ぼやかない、ぼやかない」
そう言って、美坂さんは自分の仕事に戻る。それを見て、いつも真面目だなとつい感心してしまった。・・・もしや、俺は不真面目な野郎か?
そうなのか?
なんか衝撃の事実を知ったような気がする。
「でも、まさか母校に来ることになるとは思ってもみなかったわね・・・」
「・・・そうっすね」
どことなく寂しそうな美坂さんの言葉に俺は同意する。
改めて俺は室内を見渡す。・・・皮肉なことにそこは昔、俺が使っていた教室であった。
・・・なんか嫌な気分だ。
誰だって、自分の思い入れのあるところで事件なんて起きて欲しくないものだろう。しかも、そこで人が死んだなら尚更だ。
俺は少しセンチな気分になってしまう。・・・ちょっと違うか?
「・・・あの、もう帰ってもいいですか?」
・・・はっ! 忘れていた。
一人の男子生徒が疲れたような目で俺たちを見ていた。
折原浩平、水林学園の2学年。
中肉中背、容姿は特に良いわけでも悪いわけでもない。言ってみればどこにでもいそうな学生だった。
「あ、ごめんね・・・北川くん、どうする?」
美坂さんも別のことに集中するあまり、忘れていたらしい。
「うーん、もうあらかた聴いたから良いんじゃないすか・・・また後日ってことで」
時間的に彼らの親も心配する可能性がある。
ちなみに折原浩平の他に長森瑞佳という女子生徒もこの場にはいた。
だが、目の前で人が死んだのがショックだったのか、取調べのときもほとんど口を開かなかった。・・・少しかわいそうだな。
「そうね、・・・それじゃあ、君達、今日は帰っても良いわよ」
美坂さんがサバサバと彼らに告げる。こう言うところが何となく彼女らしい。
「・・・あの、後日って・・・」
折原浩平は恐る恐る訊ねる。
「ええ、後でもう少し詳しく話を聞かせてもらうわ。・・・早急に事件を解決するために」
美坂さんの中では既に殺人事件として、この件は処理されているらしい。
でも、突然死とか言う可能性も無きにしもあらずなのだが・・・
まぁ、美坂さんの考えることだから間違ってはいないだろう。
「・・・分かりました。じゃあ、俺たち帰りますんで」
「はいよ、ご苦労さん」
俺は彼らにねぎらいの言葉をかける。
「よし、長森行くぞ」
「・・・うん」
どうも長森瑞佳という少女が心配だ。この事件の影響で何か起こらなければ良いのだが・・・
「・・・北川くん」
「うぃ」
我ながら変な返事だな。自分自身首を捻る。
「この人の死に方・・・さっきの私大生と似てるわ」
実は俺もさっきから感じていた。
「・・・外傷らしいものが見えませんしね」
「ええ、怪しいぐらい死に方が綺麗すぎるところもね」
まぁ、意見ばかり挙げていてもどうにもならないし・・・。
「・・・とりあえず、俺たちは俺たちの仕事をしますかね」
「ええ」
夢を喰らう魚 第二話「類似性」
Written by kio
「うぉ〜、眠い、眠いぞ・・・」
俺たちは昨日から夜通しで2件の死亡事件についての書類をまとめていた。もちろん俺たちと言うのは美坂さんを含めてのことだ。・・・運が悪いことに他の同僚は休みだったり、他の事件で忙しかったりでこの作業をたった二人でやる羽目になっていた。もっとも人数がいれば良いというものじゃないんだが。
「・・・仕事をしなさい!!」
バコッ
「・・・いて〜」
美坂さんにカツを入れられる。・・・手刀は痛いっす・・・本当に。
「殴らないでくださいよ」
「なら、仕事しなさい、仕事」
俺はこの人には勝てない・・・勝てない・・・勝てない・・・既にインプットされている本能的情報によって、俺は彼女に反論しなかった。
「・・・了解〜」
仕方なく、俺はのろのろと書類の束を昇華しようと手を動かす。
コンコン
ドアを叩く音がする。
「開いてますよ〜」
ドアに向かってやる気のない声をかける俺。
「失礼します」
「あ、どうも、真琴さん」
入ってきたのは鑑識の真琴さんだった。彼女は俺の先輩で昔から、何かと世話になっている。・・・もちろん俺が。
ちなみに、この署の中でもかなりの美人に属すため男性からのアタックが絶えないという日々を送っているらしい。
たしかに彼女は美人だしな・・・
「相変わらず、だらだらしてますね北川警部補・・・」
・・・でも、毒舌だった。
「真琴さん、死因が出たんですか?」
美坂さんがいつもと変わらない様子で真琴さんに訊ねる。
「ええ、二件とも分かりましたよ」
こっちもいつもの事務的な口調で答える。
実は俺はこの2人が楽しく会話しているところを見たことが無い。・・・もしかして、仲が悪いのだろうか。うーむ、謎だ。
そんな俺のことはほっといて2人の会話は続けられる。
「死因は何だったんですか?」
「それが、少し奇妙なことになってしまって・・・」
「奇妙なこと?」
奇妙なことね・・・もしかして、面倒なことになるのか?
俺は面倒なことは嫌いだぞ。
「ええ、結論から言うと、どちらの死因も老衰よ」
「「!?」」
俺と美坂さんの顔が驚きに強張る。
「・・・詳しくお願いします」
俺は事の重大さに気付き、いつもの顔を真剣なものへと変化させる。
「とりあえず、これは普通ではありえない現象であることは分かるわよね」
俺は頷く。
「老衰は字が表すとおり、歳を老い過ぎた人が衰弱して死ぬというのが一般的だわ。だけど、彼らは違う。外見上は歳相応の姿をしているのに・・・内部、内臓などの器官から組織まで全てが80代のそれを軽く超えているの。絶対にこんなことありえないはずなのに」
だが、現にその起こりえないことが起きている。
真琴さんはファイルから書類を数枚出して、続ける。
「ついでに彼らの健康診断書を調べてみたの。・・・それは健康そのものだったわ、半年も経っていないというのに」
俺の中で一つの結論が出ていた。恐らく美坂さんも一緒だろう。
「・・・北川くん、あとの仕事を任せても良いかしら?」
いつもなら面倒なことは断る俺だか、今回は違う。
「ええ、良いですよ」
「・・・え! 北川警部補、本気ですか?」
真琴さんが俺の言葉に心底驚いていた。・・・ちょっと傷つく。
「そんな、驚かなくても」
俺と真琴さんがあれこれ話をしていると、
「それでは、お先に失礼します」
という美坂さんの声が聞こえてきた。・・・見ると彼女は既に部屋を出たあとだった。
「北川警部補・・彼女の帰宅時間にはまだ遠いと思いますが・・・」
真琴さんの意見は間違っていなかった。でも、
「俺が許可します」
「上司から大目玉もらいますよ」
それは覚悟のうえですよ、真琴さん。
今回は譲れないんです。・・・美坂さんのためにも。
「まぁ、そんときゃ、始末書でも書けば良いでしょう」
「・・・・」
真琴さんは俺を不思議そうに眺めていたが、気にしないことにした。
「さあ、仕事でもやりますかね」
「お久しぶりです」
病院の一室。重症の患者が運び込まれる質素な個室に栞はいた。
「今日は報告に来ました」
目の前の人物は数年前の彼女の記憶とまったく変わらない姿でそこにいた。
「また、あの事件が起こりました」
ただ、生命維持装置の無機質な音だけが部屋の中に響く。
「・・・お姉ちゃんを奪ったあの事件が、です」
軽く栞は目を伏せる。しかし、それは一瞬のこと、再び目の前の人物を見やる。
「あなたは何を見たんですか?」
答えるものはいない。
「何かを知っているんですよね」
沈黙は彼女の言葉に答えることは出来ない。
「・・・そうですか」
彼女自身、目の前の人物が答えることはないと分かっていた。
それでも、栞は続ける。
「何があってもこの事件、私が解決します」
彼女の瞳に迷いは無かった。
「この決意をあなたに聞いてもらいたかったんです」
しばらく沈黙だけがその場を支配する。
彼女は席を立ち、ベットに背中を向ける。
「・・・それでは失礼します」
最後に彼女は一度振り向く。
「また、来ますから・・・祐一さん」
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