長靴をはいただよもん





ざーざー

大雨。

ちょうど今は梅雨の時期。
だから、この雨は最近毎日のように降り続いている。
昨日までは嫌だなって、一日中思っていた。

──だけど、今日は違うんだよ。

昨日、お母さんが買ってきてくれた赤い長靴。
今日はこれがあるんだもん。
その長靴は昔読んだ絵本に出てくるねこさんの長靴によく似ている。
すぐに私はその長靴をはきたくなった。
でもお母さんは、明日が雨だったらね、って言ってすぐにははかせてくれなかった。
だから、その日は明日も雨が降るのかなぁ、って期待と不安で頭がいっぱいだった。

そして、今日も雨は降り続けている。
私は新品の赤い長靴をはいて、いつものように浩平を起こしに行く。
もちろん、家の中まで長靴ははいてないよ。


「浩平、起きるんだよ」

「あと23秒〜」

「それじゃあ、あと23秒だけだよ」


私はいーち、にー、さーん、って心の中で数えながら時間が経つのを待った。

……じゅうく、にじゅう


「浩平、23秒経ったよ」

「うーん、あと3キロ〜」

「単位が違うよ」


そう言いつつ私は浩平を起こしにかかる。一応は浩平に言われたとおりの時間は待ったんだからいいよね。

がばっ

私は布団をめくる。


「浩平、遅刻するよ」

「うーん───」

「起きるんだよ!」


浩平の頭の下から枕を引き抜く。


「………あれ? 枕がない」


きょろきょろと辺りを見渡す浩平。


「浩平、起きるんだよ」


私は枕を背中に隠して浩平に言う。


「………仕方ない起きるか」

「なんか偉そうだよ」

「気にするな」


──それよりも、お願いだから早く起きてよ、浩平。





いつものように慌ただしく浩平の朝支度を終わらせて学校へ向かう。


「ねぇねぇ、浩平」


今日は珍しく時間があったから、ゆっくり話をしながら登校することが出来る。


「ん?」


浩平は鬱陶しそうに傘を差しながら返事をする。
不思議なことに雨音で声を消される事は無かった。


「私ね、新しい長靴買ったんだよ」

「なに!? 新しい長森を買っただと………つまりお前は偽者だな」

「……何わけの分からないことを言ってるんだよ、浩平」


私は思わずため息をついた。


「買ったのはこの長靴だよ」

「なんだ違うのか」


……何でそんなに残念そうなの?


「……どうかな」

「どうかなって、何が?」

「長靴似合うかな」

「うーーん」


浩平はまじまじと私の長靴を見つめる。なんだか少し恥ずかしかった。


「及第点だな」

「それって普通ってこと?」

「まだまだだな、長森。そんなことじゃ世界で一番長靴の似合うだよだよ星人にはなれないぞ」

「なりたくないよ! それにだよだよ星人って…」


だよだよ星人は私が小さい頃に浩平に付けられたあだ名。でも、そう呼ばれていたのは結構前のことで……ちょっと複雑だけど懐かしかった。


「よし、長森よ。お前が世界で一番長靴の似合うだよだよ星人になれたらお前を俺のお嫁さんにしてやるぞ」

「えっ!? へっ、変なこと言わないでよ、浩平」


ものすごく動揺した。自分では分からないけど、私はたぶん少し顔が赤くなっていると思う。


「そうだな……期限は6年後の今日までだな」

「勝手に話を進めないでよ」


浩平はたまに今のように突拍子に変なことを言う。
私も大分慣れてきたとは思うけど、まだ振り回されることが多かった。

今回のことだってそんなことの一部分だっていうのは分かっている。
だけど、私は………










6年後


「浩平、朝だよ。起きるんだよ」

「うーん、あと60年」

「お爺さんになっちゃうよ」

「それじゃあ、3寸」

「意味分からないよ。とにかく起きるんだよ」

がばっ

私は浩平の布団を引きはがした。


「むぅ……」

「はい、着替え」


私はいつものように浩平に着替えを渡す。


「……仕方ない、起きるか」

「浩平、偉そうだよ」

「うむ、俺は偉いぞ」

「…はぁ、とにかく早くしないと遅刻しちゃうよ」





今は梅雨の季節だからだろうか、雨がここのところ毎日のように降っていた。


「今日は少し余裕があるね」


その証拠に二人で傘を並べてゆっくり歩きながら登校している。


「いつもこうだと嬉しいんだけどね」


でも、浩平のことだからそうはいかないと思うけど。


「それは無理だな」


自分で認めてるんだね、浩平。


「ところで、長森よ」

「なに? 浩平」

「その歳でそれは少し何だと思うぞ」


そう言いながら浩平は私の足元じーっと見つめる。
それは赤い長靴。
6年前にはいていた長靴がそのまま大きくなったような長靴だった。


「そうかな?」

「お前、いつも長靴だったか?」

「ううん、今日は……特別」

「ふーん」


そっか、やっぱり浩平は覚えていないんだね。


「浩平、行こっ」


私は歩く速度を少しあげる。
浩平があのとき言った言葉が冗談である事は分かっていた。
だけど、その反面私の心の中では期待もあった。もし、あの言葉が本当だったらと。


「お、おい、長森、そんなに急ぐなよ」


私は真っ直ぐ前だけを見て学校へと早足で向かう。何となく浩平の顔は見れなかった。


「……はぁ。長森、俺なんかで良いのか?」


後ろからため息と言葉が聞こえてきた。


「えっ?」


後ろを振り返る。
浩平は立ち止まり、なにやらぼそぼそと言っていた。


「……まさか覚えているなんてな……普通は冗談だって思うだろ……はぁ」

「浩平?」

「…だから、俺で良いのか、って聞いているんだ」

「それって、え、ええと…」


浩平はあの言葉を覚えていたの?
私は突然のことで頭の中が真っ白になった。


「…なんて言うかな、その、……悔しいが長靴が似合ってるんだよ、お前は。だから、…約束は約束だしな」


目をそらしながらぼそぼそと告げる浩平。


「…その、お前は俺で良いのか?」


答える事は決まっていた。
だって、そうじゃないとこの長靴をはいてきた意味が無いから。


「うん、私は浩平のことが───」