「祐一の彼女さん その7」

Written by kio










「…んっ、良い天気ー」


よく晴れた青空の下、黒髪ポニーテールの女性が気持ちよさげに伸びをする。

その女性を見る殆どの人が彼女の大人びた雰囲気と類稀無い容姿に目を奪われることだろう。そして、彼女には青空が良く似合っていた。


「いい洗濯日和だな」


隣にいた俺も思わずその青空を眺めて、感想を述べる。それにしても俺の言葉はどこか所帯じみているような気がするが…気のせいだろう。


「そうだね〜」


屈託のない笑顔でそれに答える彼女。


「ところで舞、どこに行こうか?」


俺は商店街の入り口を通り過ぎたところで隣を歩く舞に訊ねる。


「う〜んとね、映画館に行きたいなぁ」


俺と舞のデートは基本的にお互いが楽しめれば良いと言うスタンスであるため、特にデートに関して決まりごとはない。それ故、俺もその意見に異論はなかった。


「それじゃあ、映画館に向かいますか」


俺は映画館のある方向へと足を進める、が、それを妨げるように舞の手が俺の上着を引っ張る。


「…どうした?」

「…祐一…」


上目遣いで俺のことを眺めてくる舞。

こう言うときの彼女はほとんどの場合、俺に何かを期待している。俺は頭を巡らせる。………よくよく舞を見ると左手を腰にやって俺のことを見つめていた。つまり腕組みを要求しているようだ。

………了解。


「腕を組ませていただいて良いでしょうか? お姫様」


少し冗談めかした言葉を彼女に告げる。たぶん予想だが、彼女は喜んでくれるだろう。


「あはは、エスコートお願いします」


予想通りの嬉しそうな笑顔で俺の右腕をぎゅっと抱きしめる舞。

それにしても、舞の上目遣いは反則だよな。いや、本気で。




















「………」


ここは映画館のチケット売り場である。横の方にはポップコーンなどの定番商品も売られている。


「さあ、入りましょう♪」


楽しそうに舞は俺にそう告げる。一方の俺は酷く気が進まなかった。

目の前にあった、今から見ようとしている映画の看板を見る。

……

いや、これは……何と言うか…


「マジか?」

「うん、マジマジ」


舞さんは非常に楽しそうである。…年上の余裕?


「これはやめないか?」


切実に願う俺。


「えー、だって今話題の映画だよ」


確かに話題なのには変わりないだろう。事実、テレビのコマーシャルなどでよく目にする。だが、それ故その映画の内容も大体どのようなものかも知っている。

改めて目の前の看板を見る。


「『今世紀最大の恐怖』とか『全ての観客に平等の呪いを与えよう』とか『君は失神せずに見終われるか』とか書いてますが」

「うんうん、楽しそうだね」


やっぱり彼女は非常に楽しそうである。

…楽しいのかな?

ブンブン、ブンブン

一瞬、よぎったその考えを頭から追い出す。

楽しくないって絶対。ちなみに俺はその映画を先週観に行った北川にそれらの言葉は脚色でないということを真剣な顔で聞かされていた。補足するが、北川はそう言う系統のものには強い人間らしい。そんな人間が真剣な顔で語るぐらいの映画とは一体…。興味はあったが、デートのときでない方が良さそうだ。別に普通のデートを気取るつもりはないがこれはちょっと……ん、隣の方は恋愛映画か。


「よし、舞、こっちの方に入ろう」


俺は反対側の入り口を指差す。


「えー」

「不満そうだな」


軽く頬を膨らませて不満を訴える舞。


「俺はこっちの方が良いと思うんだが」


正直、切実にそう思います。


「うー、分かったよ」


非常に不満そうだったがとりあえず同意してもらった。









暗闇の中、スクリーンだけが明かりを写す。場面は夕焼けの眩しい学校の屋上。そこには2人の生徒がお互い向かい合って立っていた。一人はおとなしそうな男子生徒、もう一人は可愛らしい女子生徒。どちらも真剣な表情だった。


『…ごめん、君の願いはかなえられそうに無さそうだ』


男子生徒がゆっくりと口を開く。


『嫌です!! 先輩、そんなこと言わないで…下さい』


女子生徒は始め強い口調で、そして最後に近づくにつれ言葉がかすれていく。


『ごめん』


ただ一言、男子生徒はそう呟く。


『私は先輩のことが、先輩のことが……』


舞の右手が俺の左手をぎゅっと掴む。俺の視点はスクリーンの画面からゆっくりと彼女へと向かう。


『好きなんです』


スクリーン上の少女の顔は見ることは出来なかったが、きっと切ない表情をしているのだろうと思った。

だって、画面を見つめる舞の表情も切なかったから。


『…分かっていたよ』


男子生徒は告白に答えるわけでもなく、そう告げた。俺の視線も舞からスクリーンへと戻る。


『えっ!?』


女子生徒の驚きの声。


『ずっと気付かないふりをしていたんだ』

『……』


女子生徒は何も言わずただ、男子生徒のことを見つめる。


『俺は君とずっと一緒にいることは出来ない。だから、俺のことは…』

『私は忘れません。先輩が何と言おうと忘れません』


男子生徒の声を遮って、女子生徒が告げる。


『だけど…』


それでも男子生徒は彼女の想いに答えることは出来なかった。

不意に、女子生徒が目の前の男子生徒の胸に飛び込む。

驚きの表情を見せる男子生徒。


『…今だけはこのままでいさせてください』


男子生徒は彼女を抱きしめようとはせず、ただその場に立っていた。

そして、ほんの少し時間が流れる。


『…ごめんね』


男子生徒の言葉。それと同時に少女はゆっくりと地面に崩れていく。それを彼はそっと支え、地面に優しく横たえる。

男はそこから立ち去ろうとするが、女子生徒の右手は強く彼と離れることを拒んでいた。


『…ごめん』


男の悲しみに彩られた顔が映し出される。

そして……




















「うぅっ、可愛そうだよ」


映画館から出てからずっと、舞は瞳を潤ませていた。

物語は率直に言えばハッピーエンドではなかった。救いの無い終わり方、それが今の映画のエピローグ。


「あの子の気持ちが永遠に届くことが無いなんて…そんなの横暴だよ」


舞はその映画の終わり方に納得できないらしい。


「まぁ、とりあえずあの映画は悪く無かったよな」


少し話題を変えてみる。


「うんうん、凄く良かったよ」


先ほどまでとはうって変わって笑顔で同意する舞。


そして、しばらく映画の品評会が歩きながら俺と舞との間で繰り広げられた。


「それじゃあ、舞。次はどうする?」


今日はとことん舞の好きにさせようと俺は考えていた。いや、別に突然のデートだったから行く当てが無いわけじゃないぞ、決して。


「次はパフェ食べよ」


舞は目の前の小さな店を指差して言う。俺は最近流行りの美味しいパフェの店があるとクラスの女子が話していたのを思い出した。その店がそうなのかもしれない。

ちなみに昼食は軽くハンバーガーを食べて済ましていた。もちろん、デザートは余裕で腹に入るだけの余裕がある。


「了解」










「いらっしゃいませ、ご注文は?」


カウンターの女性が自然な笑顔で応対をする。店内も小奇麗でとても感じが良かった。


「ええと、チョコパフェを2つお願いします」


チョコパフェは舞のオーダーだった。正直、俺は甘いものが苦手だったが何となく舞と同じものを食べたくなったため2つである。










「はいよ」


チョコパフェ2つをテーブルの上に置く。ちなみにこの店、席がフリーであるため注文したものは自分で運ばなければならなかった。


「わー、美味しそうだね」


舞から笑顔がこぼれる。


「もぐもぐ」


そして、早速食べ始めていた。


「速いな、おいっ」

「美味しいよ〜」


俺もスプーンでパフェを口に運ぶ。

………

想像よりも甘くなくてそれなりに美味しいような気がする。


「でも、祐一が同じもの頼んじゃ駄目だよ」


チョコパフェが残り半分ぐらいになったところで舞がポツリと呟いた。


「ん、どうしてだ?」

「だって、色々な味が楽しめないから」


何となく残念そうに彼女は言う。


「……ふぅ」

「あっ、今呆れたでしょ」

「いや」

「嘘だよ」


別に呆れてはいないけど…


「いや、何て言うか舞らしいな、って思っただけだよ」


俺は『舞らしい』というのが好きだった。何となくそれが自然なような気がしたからだ。ちょっと言葉にはし辛いが。


「…私、そんなに食い意地張ってるかな?」

「さあ?」

「うわぁ、この人無責任です」

「まぁ、食い意地が張ってようが無かろうが舞は舞だからな」

「……それは良い意味? それとも悪い意味?」


俺はほんの少しだけ考える素振りを見せる。


「決まっているだろ」

「そうだよね〜」


舞はにこにこと微笑んで俺の言葉に同意する。


「もちろん、悪い意味」

「祐一っ!!」


ぽかぽかと俺のことを殴ってくる舞。もちろん痛くは無い。


「冗談だ、冗談」


ぽかぽか、ぽかぽかっ


「悪かった、俺が悪かった」


本当に痛くなんてなかったが、他のお客の視線が少し気になったので俺のほうから謝った。


「……フルーツパフェ一つ」


案外、彼女はしっかりしているらしい。


「…了解」

「えへへ、祐一好きだよ」










チョコパフェを食べ終わり、俺たちは商店街でウインドウショッピングを楽しんでいた。


「クマさん欲しいなぁ」


舞がガラス越しの大きなクマのぬいぐるみを指差して言う。

よくよく見ると値札が小さく付けられていた。

ええと、いち、じゅう、ひゃく、せん……ドル?


「うわっ!? 高いなぁ、これ」


俺が値札を指差すと舞の視線もそれを追う。


「5000ドル!? って、何でドル表示なんだろ」


ちなみに日本円すると数十万である。誰が買うんだろうかそんな人形。










「ふう、ちょっと休憩な」


ウインドウショッピングも終わり、俺たちは小さな公園を訪れていた。

噴水の息吹が心を自然に和ませる。


「うん」


俺たちは白いベンチに腰掛けて、しばらくその噴水と空の風景に心奪われていた。


「そう言えばさぁ、何でいきなりデートだったんだ」


いつの間にか俺の方からは舞の暖かさが伝わってきていた。


「まぁ、楽しかったけどな…でも、舞にしては珍しいかな、って思ったんだよ」


俺は自分でも分かるぐらい優しい視線を目の前の風景に向けて言葉を紡いでいた。


「……舞?」


舞から返事はない。

俺は疑問に思い、隣に視線を向ける。


「すーすー」


俺の右肩に頭を預けて、規則正しい呼吸をしている舞。

…そう言えば、寝不足だって言ってたっけなぁ。

もう一度彼女の顔をじっくりと見る。それは凄く優しく、自然な、見ているこちらが穏やかになれるそんな表情であった。


「まぁ、いっか」


先ほどまで浮かべていた質問が頭をよぎるが、どうでも良くなってきた。もっとも、元々あまり意味のある質問でもないが。



空が次第に茜色に染まっていく。

隣には舞の温もり。

ゆっくりと流れゆく時間。

心の落ち着く場所が確かにここにあった。

こんな日も悪くないと思う。

願うなら、こんな日々が末永く続きますように。

























あとがき
やっと後編終わりました。次々回からは各キャラの秘密に触れていきたいと思います。









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