夜、全てを闇が包み込む時間、彼女はそこに居た。

目の前には数多の異形の存在。

彼女は表情を変えることなく、ただそれを見ていた。


「・・・消えなさい」


自然な動作で右手を振るう。

同時に蒼い光、それがこの空間を覆う。


だが、それも一瞬のこと、蒼は失われ、辺りはもとの黒に包まれる。


静寂。


そして、彼女は何事もなかったかのようにその場を立ち去る。










・・・そこに異形のものは存在していなかった。
































「祐一の彼女さん その4」

Written by kio










ピチャリ


何かの液体が床に滴る。

その上には人の姿。右手で自分の腹部を抑え、左手をコンクリートの壁にそえる。

腹部からは手で抑えてもなお、液体がこぼれていく。

その液体の色は闇の中でも、十分に赤く見えた。

皮肉にもその色は自分の髪と同じ色。

その事実に気付き彼女は苦笑しようとする。

だが、苦痛に顔が歪められ、失敗する。

そして、目の前には異形の存在が一体。

彼女は絶命の危機に立たされていた。


(ふふふ、こんなのが私の運命なんですね)


自然に笑みがこぼれる。もはや苦痛すら彼女は感じなくなっていた。


(ここで死を迎える・・・悪くないかもしれませんね)


やはり口元には笑み。だが、それは自嘲。


(終わりのとき、ですか・・・)


異形の存在は彼女に静かに触れようとする。

接触、ただそれだけで彼女はここまでの傷を負った。

おそらくはもう一度同じことをされるだけで死に至るだろう、と彼女は考えていた。

そして、甘美なる死が・・・


「!?」


自分に襲うであろう、苦痛は一切感じることはなかった。

ただ、目の前には蒼。蒼の空間があった。

異形の存在はもういない。


代わりに闇の中でも輝く、金髪を携えた女性が立っていた。

静かに彼女を見つめて。

























「・・・帰りなさい」


金髪の女性はゆっくりと口を開いた。


「・・・出来ません」


苦しげに深い赤髪の女性は答える。体中に脂汗をびっしょりとかいていた。


「死にたいの?」

「・・・・」


彼女は答えない。


「そう、勝手にしなさい」


金髪の女性は静かに彼女に背を向ける。


「『力』すら持っていないあなたじゃ、犬死をするのが落ちでしょうけどね」


表情は見えないうえに、感情を一切感じさせない口調。だが、その中には確かに侮蔑の念が篭められていた。


「死ぬ前に一つだけ聞いておいてあげるわ」

「・・・何です」

「あなたの名前は?」


彼女は金髪の女性の質問の意味を取りかねたが、答える。


「・・・天野美汐」

「覚えておくわ」


金髪の女性はゆっくりとそこから立ち去ろうとする。


「・・・人にだけ名前を聞いておいて、失礼ではありませんか」


美汐は彼女の背中に声をかける。その背中は何故か酷く脆いもののように彼女は思えた。


「そう思うなら、あなたが私の質問に答えなければ良いだけ。別に強制ではないのよ」

「・・・なら、あなたの名前を教えてもらえませんか。もちろん私も強制ではありません」


いつの間にか、話すのも苦ではなくなっていた。


「死に逝く人がそんなことを気にするの?」


彼女は美汐の方へと視線をやる。その瞳は恐ろしい程に冷たい。


「二度目の質問ですね」

「あら、揚げ足をとるのね」

「はい。それに私は死にません」

「たいした自身ね」


やはり美汐は彼女から感情を感じることが出来ない。


「ええ、あなたが傷を治してくれましたから」


そう、恐らくは始めに現れたとき、彼女が発したものと思われる蒼い光が自分の傷を癒していたのだろうと美汐は考えていた。


「気付いていたのね・・・私は沢渡真琴、これで良いかしら?」

「十分です」


金髪の女性は少し考える素振りを見せ、美汐の方へと再び向き直る。


「・・・そうね、あともう一つ質問をしようかしら」

「お好きなようにしてください」

「なら、そうさせてもらうわ。あなたの目的は何?」


沈黙がその場を支配する。真琴は美汐を見つめたまま、ピクリとも動こうとしない。恐らくは美汐が答えるまでそうしているつもりなのであろう。

美汐は一度目を伏せ、後真琴を正面から見据える。その行動に何の意味があるのかは分からない。だが、それは何かを決意しているような、そんな雰囲気が感じられた。

そして、美汐はゆっくりと口を開く。


「・・・目的はありません、ただの好奇心です」

「嘘ね」


対面に居る真琴は即答した。


「何故、そう思うのですか」

「・・・あなたの答えが面白くないから、かしら?」


美汐は無表情のまま目の前を見据える。彼女もまた表情と感情を見せないことでは真琴に引けを取らない。


「なら私からも質問させてもらいます・・・何故、あなたはこんなところに居るのですか?」


真琴は一瞬、思案するような仕草を見せる。だが、そこに一切の感情は見えない。


「そうね・・・」

一瞬だが、初めて真琴は表情らしきものを見せた。

微かな笑み。

だが、それは見る人に恐怖を抱かせる。

彼女の表情を目にした美汐もまた、背筋が凍るような感覚を覚えた。





そして、真琴は告げる。










「復讐よ」











これが沢渡真琴と天野美汐の出会いだった。

























沢渡真琴、蒼の炎を纏う者。


運命の右翼を担う。










天野美汐、過去に縛られる者。


運命の変転を願う。




















ここに運命がニ枚。

























あとがき
これで夜サイドは全員揃いました。あとは本編突入を残すだけです。一応は連載ものとして考えています(あくまでも「祐一の彼女さん」シリーズは短編ですので)。









もどる?