少女たちの夏 第一話
頭の上で太陽がぎらぎらと、これ以上に無いぐらい自己主張をしている。
ゆらゆらと目の前の風景が揺れている。
体中からだくだくと汗が流れ出ている。
ついでに、喉が異常なほど渇きを訴えている。
「………暑い……」
みーんみーん
どこか遠くからセミの鳴き声が聞こえてくる。
みーんみーん、みみん、みーんみーん、みーんみーんみーんみーんみーん
「…あー……うるせー………」
もはや文句を言うだけの元気も無い。
「……暑い………」
さっきから座っているベンチも嫌味なぐらい熱を持っていた。
せめて雰囲気だけでも、と涼しげな景色を求めて辺りを見渡す。
───目の中に夏服姿の女子高生の姿が映りこむ。
それは別に涼しげな景色でも何でもなかったが、とりあえず彼女たちに意識を向ける。
──今日、暑いね〜。
──うん……36℃もあるらしいよ…。
──えっ! 本当? …うーん、喫茶店でアイスでも食べて行こっか。
──……賛成。
そう決断を下し、二人の女子高生は心持ち早足で去っていく。
……そう言えば今日のニュースで今年の最高気温がどうこうと言っていた気がする。
───はぁ、聞かなきゃよかった。
余分な知識を得た事により、いっそう暑くなった気がする。
「…あつ……い…」
……やばい、意識が朦朧としてきた。
…………そうだ、こう言うときこそ心頭滅却するに限る。
目をつむり無心になる。
暑さを忘れるために無心になる。
……………………………………
───俺はこんなところで何をやっているんだろうか。
ふと、そんな疑問が頭の片隅を過ぎった。
未だに意識は朦朧としているが、その理由を考えてみる。
………確か、俺は待ち合わせをしていたはずだ。
……………なんでだっけ?
………ああ、そうだ。叔母さんの家に引っ越すためにこの町に来たんだった。
………………………昔は結構来てたんだよな、この町。
…………ええと、それで……待ち合わせをしていたんだったよな。
………………従姉妹の名雪が迎えにきてくれるとかで、12時に待ち合わせをしていた……気がする。
左腕に巻いた腕時計を見る。
光が反射してよく見えない。
角度を変えて時計の文字盤を眺める。
3時2分。
………………………今何時だ?
時計を見る。
3時4分。
どうやら2分ほど意識がどこかにいっていたらしい。
………遅刻にもほどがある。
名雪は実に3時間4分の遅刻を記録した。
「……な……ゆ…き……の…やつ……」
悪態の一つでも言おうかと思ったが、もはや限界らしい。
意識が朦朧とする。
思考が真っ白に染まっていく。
(───名雪、恨むからな)
俺の意識は遥か遠くへと───
「──ええと、相沢祐一さんですか?」
薄い影が俺の上に映りこむ。
そこに視線を向けると、長い髪の女性が俺のことを覗き込むように見ていた。
「その、相沢祐一さんはあなたですか?」
俺はわずかに残った意識と力を総動員して、こくんと頷いた。
同時に体が横に倒れだす。
「わっ、大丈夫ですか」
倒れきる寸前のところで、その女性──たぶん名雪──が横から支える。
「……み、………」
「えっ、何ですか?」
「……み、みずを……くれ…」
「あっ、はい! 水ですね」
そう言って名雪と思しき女性は肩に下げていたハンドバックの中から、缶ジュースを一本取り出した。
「どうぞっ」
俺はそれをひったくるように取り上げて、プルタブを押し上げる。
……冷たい。
缶ジュースの冷たさに感動しつつ、中身を喉に流し込んでいく。
ごくごく、ごく
「…はあっ」
一気に飲み干す。
口から喉へ、喉を通って体中へ、液体を吸収していく。
体が水分を取り戻した事により、自分が生き返っていくのが分かる。
───こんなに美味いジュースを飲んだのは初めてかもしれない。
「わっ、すごい汗」
俺の顔をまじまじと見ながら、長い髪の女性は言う。
───そう言えば、こいつがいたな。
感動のあまり目の前にいる名雪と思しき女性の存在を忘れていた。
「そりゃあ、3時間も待っていたからな───」
それを聞くと、長い髪の女性は目を丸くして一歩下がった。
「わっ、びっくり」
全くびっくりしているようには感じられない口調でその女性は言う。
「……とりあえず、お前、名雪だよな?」
言いたいことは山ほどあったが、とりあえず本人かどうかを確認する。
──間違いなく本人だろうが。
「うん、水瀬名雪です」
まぁ、そうだろうな。
名雪の外見は俺の記憶の中のものとは大分違っていたが、性格など内面においては過去の彼女に類似していた。
特にこの呆れるぐらいのマイペースさが。
みーんみーん、みーん
……セミの声と共に暑さがよみがえってくる。
「…とりあえず、ここは暑いから、早い所お前の家に案内してくれ」
さすがにこれ以上ここには居たくない。と言うわけで名雪に水瀬家への道案内を催促する。
「…………」
「どうした?」
何故か無言で名雪は動こうとはしない。
「………久しぶりだよね」
……ああ、そうか。3時間待たされたとは言え、こいつとは7年ぶりの再会になるんだよな。
「ああ、久しぶりだな」
まぁ、暑くてしょうがないという気持ちはあるが、ここで二人の再会を喜び合うのも悪くはないかもしれない。
二人の間を少しの間、沈黙が支配する。
それは気まずくはなく、心地よい沈黙。
俺も名雪もこの再会を心から喜んでいる。
それが自然に感じ取れた。
「……さあ、そろそろいい時間だな」
腕時計を見ながら名雪に話し掛ける。さすがに俺もこれ以上この暑さには耐え切れそうに無かった。
「………うん」
そう言って、名雪は微笑む。
「それじゃあ、行くか」
再会の余韻と共に俺の口調は優しく名雪に語りかける。
こうして俺と名雪は7年ぶりの再会を果たした。
「うん、お父さん」
「え゛っ」
その言葉に俺の思考は停止せざるをえなかった。
つづく